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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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戦争記録を残す各地の活動とつながれたら、と言いつつ、保存の会twitterの最新ツイートを当ブログで今まで拾わなかったのは、怠慢だったと反省しています。
3連休中、現地を巡るツアーがあったようでした。

概要はだいたい以下のようです。

旧陸軍被服支廠の一部で、1945年8月6日の原子爆弾投下を経験した被爆建物でもある煉瓦造りの4棟の建物。
3棟が広島県の管理、1棟が国の管理。
広島県が管理する3棟について、耐震が不十分で、今後の維持管理の財源確保がむずかしいということで、1棟だけ残し、2棟を解体する方針がまとめられた。
国が管理する1棟も、解体を視野に入れた検討がなされている。
これに対して、4棟すべての保存を求めるキャンペーンが展開。

まずは、広島県の意見募集(1月16日締め切り)にパブリックコメントを送ることが呼びかけられています。
東京でも、1月19日に集いがあるようです。

しかし、実際に発信元をご覧いただくのがよいのは間違いないので、気になった方は以下をご覧ください。

キャンペーンのサイト
Facebook
https://www.facebook.com/hihukushishohozon/
twitter
https://twitter.com/hiroshima_1907/
ブログ係の会議前の一人試行錯誤特集となってきています。

12月の浅草茶話会では、富山空襲を語り継ぐ会の方が富山でも茶話会をできないかという相談を持ってこられました。
いきなり鹿児島のようにはいきませんが、何かしらお手伝いをしようと動いています。

保存の会でも、2019年度はいろいろなところで小規模茶話会をしたいという話をしていました。
それは、浅草や大井町までは出てくることができなくなったけれども近くでなら参加できる体験者の方が複数いらっしゃる場所での開催が前提でした。
貴重な体験を語れる方に、まだご活躍いただきたいという思いからです。
しかし、具体的に動くには至りませんでした。
主要メンバーが動けない事情を抱えていたというのもありますし、沖縄の戦争展や茶話会の展示を新しくするために準備作業に時間がかかったのもあります。
そんな中で鹿児島での茶話会がスピード実現したのは、やはり「地元でも茶話会をやりたい」という体験者の方の思いと行動に動かされたためです。
万難を排してやらねば、ということになれば、やることだけを考えてそこに向かって突き進んでやってしまうのが保存の会です。
ということで、「ここで、茶話会をやる」と決める何かがあると、事態が動くのだろうと思います。

何か、というのは、たぶん、ご縁です。
もう少し詳しく言うと、それぞれの地域で活動されている方の、「地元でも茶話会をやりたい」という声です。
それには、保存の会が茶話会というものを行っていて、自分のところでも開催したいという方に協力できる余地があるというのが伝わることが必要ではないかと思いました。
各地で活動されている方、地元の体験者の方のお話をもっと伝えたい方などに、名乗り出ていただければ、と思うのです。
キャラバン2周目にあたっても、保存の会のほうでも、各地の新聞記事や戦争関連資料館を調べ、さらに証言を残そうとしています。
2018年度から、キャラバンについての新しいチラシを置いていただけるところを探してきました。
反応はいま一つというところですが、もしかしたら、聞き取りに行くというだけでなく、茶話会や展示など、イベントの形での協力についてもう少しアピールしたほうがいいのかもしれません。

タイトルは、チラシ、ということで書いていますが、それをどこに置くということを考えると、堂々巡りになってしまいます。
要は、「地元でも戦争体験を伝える何かができないか」「地元で今行っている戦争体験を残す活動をもう少し活性化できないか」という相談をしてもらいたいということです。
もちろん、相談の全てに保存の会が企画して応えるということはできないかもしれませんが、ノウハウ提供はできるし、どこかで茶話会開催するときには、他の地域の相談者の方をお誘いするなどはあり得ると思います。

結局は、これまでの活動の報告が、全国各地の方々にとって、「自分たちにも関係のあること」と思っていただくには、という話ですね。
考えながら書いていて、整理できてきたような、さらにとっちらかってきたような気がするので、一旦締めて、また会議までの間に考えてみることにします。
こんな流れで書くはずではなかったのですが。
会議までの間に書こうと思っていたことを、ここで少し書きます。
昨日の上原正三さんのことと少し関係あります。

12月の浅草茶話会で行った交流座談会で、戦場体験を伝えることについての意見交換に参加していました。
保存の会の映像をどう公開していくのかという話で、「史料館・電子版」について、事務局長が説明するのを聞きながら、私は、別のアーカイブプロジェクトのことを思い浮かべていました。
円谷プロのアーカイブプロジェクトです。
過去の映像作品のデジタルリマスター版の発売と並行して、有料会員サイトで過去の映像作品の中からピックアップしたものを公開し、それにまつわるコンテンツを半年間公開するという形が展開されています。
毎週放送されていた番組を1本、その制作に関わった方々のインタビュー映像、音楽に関すること、上映会のトークイベントの映像などがあります。他に、やはり毎週(平日毎日もある)放送されていた作品から4話ぐらいをピックアップして公開。選んだ理由と、その作品の時代背景などの説明をつけて紹介しています。
映像を積極的に活用して、過去の映像を見る機会が作られているのですが、それぞれの時代の作品を今見るとまた違う感じ方もあり、現実が当時からどう変わったのか、変わらないところがあるのか、なども考えることができる気がします。
方法をマネするというのは、権利的な問題もありそうですし、もとよりマネするような力はないですし、まずビデオテープの映像をデジタル化するところで躓いているところなのですが。
電子版史料館を作り、映像を活用しようとするとき、こういう他のジャンルのアーカイブプロジェクトも見たことがあると、また発想が広がるのではないかと思います。

日曜朝の番組関連でも、有料でこれまでの全ての映像を見られるサービスがあるようですし、ディズニーもそういうチャンネルをやっています。
保存の会の場合は、無料で展開していくことになるはずですが、こういうサービスが広がっていると、電子版・史料館もイメージしやすくなりそうな気がします。
公文書館やいろいろな資料館も、それぞれ映像コンテンツがあり、検索の仕方など工夫をしているので、そういうものと併せて、アーカイブの研究会のようなことをやってみてもいいのかなと思います。
まあ、月1の会議さえ日程合わせるのが大変だし、話し合うべきことが渋滞しているので、難しいところではありますが。

映像や展示の見せ方など、ふと「参考になるかも」という目で見ていることがありますが、そういう研究が目的ではなく、ふつうにかなり特撮など好きなのだということは念のため申し上げておきます。

なお、今、そのアーカイブのサービスで、「怪獣使いと少年」が期間限定無料公開されています。
保存の会公式twitterで、昨日、脚本家上原正三さん逝去のことがツイートされています。
日本の特撮界の基礎を作った脚本家です。金城哲夫さんと同じく沖縄出身。
ツイートで引用されている新聞記事では、差別されている沖縄を描きたいという思いがあったことを語られています。
ツイートした保存の会メンバーは、2016年に、金城哲夫さんについてのお芝居を見に行ったことがあり、その関係もあってつぶやいたのだろうかと思います。

帰ってきたウルトラマン」のメイン監督として、1971年ごろの日本を舞台にした生々しい描写をされており。
直接沖縄のことを描くことは出来ない中、差別を真正面から描く脚本を書かれて、メイン監督から外されたということです。
子供を対象にしたテレビ番組の中で、描きたいテーマを追求していくのは、その現場がバトルだったのだろうと思いますが、本土の一視聴者としては、想像しきれるものではありません。
軽々しくツイートに便乗するものではないでしょう。

保存の会が全国キャラバンを行う過程で、毎年沖縄に行くようになり、沖縄戦の聞き取りを続けていくうちに、沖縄の置かれた状況や歴史的背景にも触れるようになりました。
それで、上原さんの記事に書かれていることが、生々しく響いてくるところはあります。
手がけられた作品が追悼として放映される中で、沖縄のことを深く知る人も増えるのかもしれませんが、もっと現役で発信し続けていただきたかったです。
伝えたいメッセージが届いたという手ごたえを感じることはできていたのでしょうか。
「怪獣使いと少年」については、「差別」を扱った作品であることを分かった上で、当時子供だった人たちから今の作り手まで、名作としてとらえているようだというのは、ウルトラファンの発信を見る中で感じています。
最新のウルトラマンも近いテーマを追いかけようとしていたのは、リアルタイムで見てきました。
しかし、そこから沖縄のことを考えるところに結び付くには、だいぶ距離がある気がします。

自分でも何が言いたいのかよくわかりません。
この場合、自分にできることがあるかと考えるのも何か違うような気がしますし。
ただ、保存の会が沖縄キャラバンからどんどん深みにはまっていくことになったのに一役買っている自分が、全然関係ないところからここ数年ウルトラマンにはまっているというのには、いつもの偶然の一致に近いご縁を感じるところでした。
すみません、まったくまとまりません。
もっとまじめなファンであればもっと的を射たことが言えたのかもしれませんが。

ご冥福をお祈りします。
そして、願わくば、作品が末永く愛され、上原さんが描きたかったものに関心を持つ人が増えますように。
引き続き、これからの保存の会活動について考えたことを書いていきます。
今のところ、保存の会の方針ではなく、私の個人的な考えです。

各地で行う茶話会の展示は、「戦場体験キャラバン展」を基本にして、地域性を出す方向でどうかというのを、おととい書きました。
保存の会が全国で活動していることをアピールする意味もあります。
では、もっと直接的な活動紹介コーナーはどうしようか、というのが今日の話です。
実際のところは、展示できるスペースの広さにより、だいぶ変動する部分です。
展示のメインは戦場体験証言なので、枚数が増減しても、証言パネルについて大戦全体を網羅するラインナップをそろえるのがまず第一です。
それに写真や絵などを加えて見やすくするところまでやって、余ったスペースで保存の会の活動紹介、ということになると思います。

一方で、保存の会の活動は、聞き取りやイベントを重ねるごとに増えていきます。
展示できるものも増えていくはずです。
だいたいイベントも、「百人展」「沖縄戦展」「証言集会」「茶話会」など、それぞれについて1つは、写真をまとめたものを作っています。おととしの長崎の展示の時に、それまでの分は作りました。
できるだけ、違う地域でやったものを用意するようにしました。
これも、訪問地のものを重点的に展示するという方向で考えてもいいのかもしれません。一方で、展示スペースが確保できるなら、いろいろな地域のものを並べてアピールしたいところです。

ということで、できれば、広域圏というのか、例えば「北海道」「四国」「九州」「近畿」「中部」などでそれぞれ1枚、旅の記録的なパネルを作りたいです。
今のところ、「北海道」「四国」「宮城」「長野」「沖縄」は作っています。去年、「鹿児島」が追加されました。
具体的に茶話会を行うところが決まったら、その都度、その都道府県のパネルをつくることにはなると思います。が、都道府県ごとで十分写真などがあるわけではないので、最初はもうちょっと広い範囲で、となりそうです。
その茶話会の間に撮った写真が、その後のその都道府県の旅の記録パネルになる場合が多いでしょう。

ともかく、まずは旅の記録写真も、これまでいろいろなメンバーが撮ったものを改めて整理できたらと思います。
当ブログでも、できたパネルを掲載するなり、そこに使った写真をまとめて載せるなりしたいです。
キャラバン2周目ということで、旅の記録ももう1度まとめ直してみたいものです。
都道府県ごとの写真特集カテゴリを作れるとよいのですが、その辺はブログサービスの容量と相談です。