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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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戦場体験史料館までの道順
本日、鹿沼で行われた、戦争体験を語り継ぐ会に、保存の会メンバーが行っており、状況報告のメールが送られてきました。
市民と行政の共同プロジェクトで、市長あいさつなどあるかんじの集まり。
150席がほぼ満席で、いろいろな考え方のお客さんがいたように感じたということです。

話し手の方は94歳で、東京大空襲の跡を見ながら出征、戦後もずっと八路軍と戦闘されていたのだそうです。
後日改めて聞き取りをさせていただくことになったとのこと。
また、お客さんで来られていた80代の方とも知り合ったので、やはりお話を聞かせていただくことになるそうです。

地元の方が紹介してくださったイベント参加は、実りのあるものだったようです。
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平和のつどい・のだ2019にちょっとだけ行ってきました。
保存の会の出し物の前後で展示を見たかんじです。
記録写真を撮るべし、と思ったのですが、例によってスクリーンが見える暗さに望遠では、なかなかまっとうな写真は撮れず。
保存の会主催ではないので、いつも以上にお客さん写らないようにしており、さらにわけがわからないことになっています。
メンバーが、5人の体験者の方(当時子供)の証言映像を流しつつ、説明を加えているところです。
このときのお客さんは年齢層高めで、地元の方々なのだろうと思われました。前後の時間は若者による出し物もありましたが、私がいた時間が短かったため、遭遇しませんでした。
我が家から野田はなかなかに遠く、往復でけっこう消耗しました。やはり地域密着型のイベントだと思います。
そういうところから総会などに来てくださる体験者の方に改めて頭が下がりました。

保存の会の映像の前に、1時間ほど、沖縄戦全体についての映像があったようです。
保存の会のパートは、説明をしながら証言映像を流し、最後に質疑応答。
質疑応答の時間は、3名ぐらいの方がご自身の体験(戦争体験ではなく)を踏まえて感想や考えを述べられていました。
後で、「ありがとうございました」と声を掛けてこられる方もあったので、それなりに興味深い内容だと思っていただけたのかなと感じました。

後ろの壁一面が保存の会の証言パネルと写真パネルコーナーでした。
保存の会主催の沖縄戦展よりはだいぶ枚数を絞って、それでも、沖縄戦を戦った兵士、学徒隊、住民、南洋、対馬丸など一応ひととおりのテーマを網羅したものにしていました。

平和のつどい全体では、原爆についてのパネル、日本国憲法制定の経過についてのパネル、いわさきちひろ氏の絵、風刺漫画、といった展示が会議室のスペースごとに展開されていました。原爆瓦、赤紙などの実物展示も少し出ています。
主催者以外が写真に撮るのははばかられたので、そちらの写真はありません。

明日まで開催されています。
お盆休みの最後に、平和について考える機会を持つのもよいのではないでしょうか。
明日と明後日、「平和のつどい・のだ2019」が開催されます。
相変わらず情報がつかめていませんが、ひとまず直前告知です。
保存の会の出し物ぐらいは今日のうちに日程がわかるかもしれないので、そうしたら追記します。
→追加情報来ましたので、追記しました。

テーマは沖縄戦です。
期間中、保存の会からは、沖縄戦の証言パネルを出展しています。
明日17日(土)には、証言映像を見る座談会のようなものを行います。

◆◆◆

平和のつどい・のだ2019
「いのちを守ろう!!わたしたちの平和憲法で」

【日時】
8月17日(土)18日(日)
9:30~16:30
【場所】
野田市中央公民館1階
【内容】
展示、沖縄戦映像、朗読劇、伊藤千尋さん講演など
◆8月17日◆
9:30~10:00 開会式とエイサー
10:00~11:00 若者による朗読劇「夏の絵本」より
11:00~12:00 展示ツアー
12:15~14:45 映像と体験証言で知る沖縄戦
15:00~17:30 高橋哲哉さんと学生「沖縄米軍基地と日米安保条約」ディベート
◆8月18日◆
10:00~11:00 展示ツアー
11:00~12:00 女優岡崎弥保さんの一人語り「広島被爆者の原爆体験記より」
12:30~12:50 みんなで歌おう「LOVE&PEACE」
13:30~16:30 「平和をもたらす市民の行動~韓国の現場から」伊東千尋さん講演(資料代800円)

【主催】平和のための戦争展のだ実行委員会
終戦から74年。
令和になって最初の戦没者追悼式典が行われました。
会場の武道館前に、沖縄から、ガマフヤーの具志堅隆松さんが来られて、ビラ配りをされていたそうです。
保存の会メンバーも手伝いに行っていました。横浜からも手伝いに来た人たちがいたということです。

チラシは、遺族の方々に、遺骨のDNA鑑定を依頼しましょうという内容とのこと。
現在、遺族の側から申し出がなければ鑑定は行われないので、まずは自身のDNA採取して、遺骨のDNAと照合してほしいと申し出ることを勧めるものです。

チラシを配っていたメンバーは、何人ものご遺族と会話したということです。
思想の違いを越えて、遺骨が家族のもとに帰るように、という訴えは受け入れられたようです。

6月の「沖縄の戦争展」での栗原記者の話では、立法も少し動き出す可能性があるようですし、これまで遺骨の身元の特定されずにきた戦地からも、ご家族のもとに帰れる遺骨が増えればよいと思います。
お盆のこの時期、魂だけでなく、この世にあった証も、ご家族のもとに帰れるように。

74年が過ぎようとも、終わることのない戦争の爪痕に、これからのことを考えるこの日です。
個人的メンタルの都合により、本日いつにも増してどうしようもない話をします。

最近、初めて直接会って、また会えるかどうかわからない人からもらったもの(手作り)を、あっという間に誤廃棄してしまい、おそろしくへこんでいます。よりにもよって、それの入った袋を捨てたときの状況をはっきり覚えていて、過去の経験から嫌な予感がよぎったにも関わらず、なぜかいつもはやらない行動パターンでやらかしました。
やらかしたと気づいたのは数日経ってからで、それからもうずっとそれが頭から離れず、胃に穴が開きそうというか、病みそうな状況と言うか、すでに病んでいるのかもしれません。
くれた人とそのモノとに申し訳ないのと、もうそのモノを見ることもできないのが悲しいのとで、うっかりすると突然叫び出しそうになります。
くれた本人を巻き込んでがっかりさせるわけにはいかないので、とても言えないし、言える相手もいないうちに本気で具合悪くなってきたので、全く関係のないここで懺悔します。

ぐるぐると、これをもらった日まで時間を戻したい、捨てた瞬間の自分を止めたい、と、不可能なことを繰り返し考えるのですが。
時間を戻せるのであるなら、取り戻したいものはきっと際限ないでしょう。
たとえば、あのとき見せていただいた資料をくださいと言っておけば、とか、祖父が元気なうちに戦争の話を聞いておけば、とか。
そして行きつく、取り戻したい最たるものは、命ということになるでしょう。
あの事件がなければ、あの戦争がなければ、というのは壮大すぎるとしても、あの日あそこに行かなければ、もう少し時間がずれていれば、ということは、本当に限りなくあるはずで。
でも、人によっては、時間を戻せるなら、あの時をやり直せば勝てる、という発想をするのかもしれません。
その結果、より大きな犠牲が出ることもあり得ます。
時間は、戻せてはいけない。もちろん、戻ることはない。

過去を教訓にして生かすことしかできないのだけれど。
なぜか、普段の自分にはあり得ない行動は、教訓があっても繰り返してしまうものらしく。
何とかの法則なのか、いつもはそうしないのにたまたまとった行動でやらかすというのはよくある話です。
同じくらい、それに救われた人もいるのを、人様の体験を伺っていれば、よく耳にするのも確かなのですが。

よくないことに関しては、できる限り、繰り返しようのないシステムをつくることが必要ということなのでしょう。
どうしたって、ことが起こったそのときから、一生引きずることも多く、取り戻せないことによる傷は消えることがないのだけれど。
それはそれで受け入れるしかなく。
ただ、失ったことにショックをおぼえる感覚さえマヒするようなことが日常にならないように、とは強く思います。

と、へこんでぐるぐると考えすぎて思考が何度もあらぬ方向にいってしまう辺り、気質によるところは大きいといえますが、どうも大丈夫ではないですね。
忘れて前向きに、とはそう簡単にいかないものだと、思い知るきっかけなどなくても思い知っているというのに。