あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
TOPフリーエリア
65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
元兵士の連絡所


元兵士から孫世代まで、ご連絡をお待ちしています
※質問、疑問などもお気軽にお問い合わせください
電話 03-3916-2664
※戦場体験史料館開館時間=火・木・土・日・祝日の10時~17時
FAX 03-3916-2676
e-Mail senjyou@notnet.jp
※FAX、Mailは24時間受付
住所 〒114-0023 東京都北区滝野川6-82-2
     戦場体験史料館内・元兵士の連絡所

戦場体験史料館までの道順
明日に迫りましたので、直前告知です。
改めて告知メールが流れるかもしれませんが、実は6月3日に流れていた(表郷の日で、私は気づかなかったらしい)告知メールがありましたので、転載します。

6月拡大事務局会議

【日時】2018年6月17日(日)13時半~ 2時間程度
【場所】戦場体験放映保存の会 事務所

【議題候補】
〇全国聞き取りキャラバンについて
・チラシの体験者紹介ハガキ
 期待した周辺の若手からの連絡は皆無ですが、体験者ご本人からの連絡は
 それなりにあります。行事準備でお待たせになってしまっている案件が結構
 あるので聞き取りに参加できる方はご連絡ください
 (都内、栃木、埼玉、兵庫、徳島、長崎)
・介護施設へのアプローチ
 あまりうまくいっていませんが、説明に伺うことになった施設が2施設
 先日の会議で高齢者向け雑誌へのプレスリリースが提案されました
 そのほかダイレクトではないアプローチ方法も含め模索します

〇沖縄での「展示・ゆんたく」イベント 7月14日(土)~16日(月・祝)について
  【私は沖縄・南洋戦で何を失ったか ~体験談パネル展示とゆんたく~】
・ 内容
 8日に事務局長が沖縄に行き、「沖縄民間戦争被害者の会」他との打ち合わせです。
 ゆんたく参加メンバー、25名ほどを調整中ですが10日頃までに確定したいです。
 証言パネル用のテープ起こしの目標を6月17日ごろに設定しています
 展示リストについては会議でご相談するかと思います
  (民間人以外の証言をどの程度入れると分かりやすいかなど)
・ 広報
★チラシが完成しているので郵送先をお持ちの方はご連絡、ご提案ください★
 無事沖縄県、沖縄県教育委員会の後援を承認いただきました!
 これで各施設へのチラシ配架が可能になります
 プレスリリースは参加メンバー確定次第行います
・ 当日の運営 参加メンバーが限られるので後日個別打ち合わせします
 参加ボランティアをあと1~2名募集中です!
 特に15日、16日に来られる方(沖縄ですが・・・)を求めています

〇浅草茶話会 9月15日(土)~17日(月・祝)について
・ 物品写真の展示(同時開催)
  7月上旬発行予定のつうしんで募集を呼びかけます
  同時にこれまで取材で拝見した物品写真などの散逸を防ぎ、
  条件の良い複写の作成、今後の公開の許可など整備しようと思います
・ 茶話会参加者募集は7月後半(沖縄イベント終了後)開始予定です
昨日6月14日(木)より、福島県棚倉町で、第1回平和のための資料展が始まっています。
福島県南部全体からゲストが招かれており、戦争の様子がわかるようになっているようです。

第11回平和のための資料展

【日時】
2018年6月14日(木)~17日(日)
 9:30~18:00(最終日は17:00まで)
【会場】
棚倉町図書館
【入場無料】

平和について話しましょう。考えましょう
郡山空襲で中学生・女学生が犠牲に。
●空襲の体験を語る
14日(木)、15日(金)
陣野政子さん(棚倉町内八槻)
●16日(土)13:30~
佐川春美さんコンサート
「未来に向かって」
●17日(日)14:00~
伊藤洋さん講演
「福島県内の米軍による空爆被害は大きかった」

【主催】
棚倉平和のための実行委員会
【後援】
棚倉町
棚倉町教育委員会
夕刊たなぐら新聞社
白報社

お問い合わせ
0247-33-4422
ナガサキピースミュージアムの展示について、新しい事実が判明しました。
火曜日からの展示ですが、展示の作業をするのは日曜日の夕方ということです。
月曜日は完全閉館であって、展示の入れ替えをここでやるようにはなっていないようです。

ということは、8月12日(日)に準備をして、14日(火)の初日に様子を見るということになると、13日(月)は、長崎で一日フリーになるということになります。
聞き取りが入れば幸い、というところですが、お盆の真っただ中にそんな都合よくお話してくださる方に巡り合えるのかどうか。
まあ、原爆資料館が新しくなってから(新しくなったといっても、だいぶ前ですね)は行ったことがないので、そういうところに行ってみるのも一つではあると思います。
東京からではめったに足を運ぶことのない長崎。
ここで1日フリーな日ができるというのは、何かのきっかけでもあるのかもしれません。

沖縄などは、暑い最中に行って、暑さを感じる間もないかもしれない余裕のなさなのに比べると、やれることはいろいろあるということになります。
よい出会いがあるよう、今からアンテナを張っておきたいところです。
6月は沖縄平和月間です。
各地で平和学習や平和祈念イベントが行われています。
慰霊祭も行われています。
沖縄の新聞を見ていると、各市町村の役場前などに、慰霊塔があるもののようです。そこの前で慰霊祭が行われます。
近年は、体験者の高齢化のため、全員参加的な形を終わらせる例もみかけますが、そういう場合でも、有志により続けられています。

5月末に第32軍司令部が首里を出てからは、散り散りになる部隊も多かったようです。
直接の命令系統を失いながら、各部隊、またその一部が、死に場所を求めるように最後の戦闘を繰り広げていたといえます。
毎日数名ずつ斬り込みに出て帰らずに終わるというお話も伺っています。
そういう、玉砕が日々展開していたときです。

今日は、大田実少将率いる海軍が玉砕した日です。
そういう日を、日々思い出します。
知り合いの誰かの誕生日とともに。
そういうのに関連して記憶してしまっています。
誰かの生まれた日と、誰かが戦争で亡くなった日が結びつくのも妙な話ではあるのですが。
こういうのも、日常の中に戦争の記憶があるというべきなのでしょうか。いや、私と、たまたまその日を知った本人ぐらいですよね。

じりじりと追い詰められていた73年前の日々。
玉砕という言葉と共に、その絶望的な状況に思いを馳せることも必要かもしれません。
そして、そうした戦いに巻き込まれた一般市民が、亡くなった日もわからないようにして、人知れず命を失っていたということも、忘れてはならないことでしょう。
沖縄イベントに向けて、テープ起こしなどやっています。
その中で、困ったことに遭遇しました。
どういう被害に遭っているかはだいたいわかるのだけれども、ご本人がビデオカメラの前でその話をされていない、という事態です。

保存の会の活動は、ご本人の証言を映像に記録することです。
編集は行わないので、一次資料として残るわけで、語られたことを切り捨てるということはありません。
一方で、事実として知っていても、語られなかったことを追加することはできません。
この人はご家族を失ってこういう被害に遭っている、という情報はあっても、ご本人がビデオの前で語られなければ残らない。
映像の背後の自分がそれに焦って、どうにかその話にもっていこうとしているのを改めて客観的に見てへこみました。

戦争だけはいけない、と繰り返す映像は、ご本人の言葉なので実感はこもっています。
しかし、なぜそういうはなしになるのかが、具体的に伝わらないのでは、その訴えは生きてこないと思います。
現実に残った映像を見ながら、残念な気持ちになります。
具体的な話をいかに引き出すかは、そこに意図が入るとしても必要で、それがうまくいかなかったときはへこみます。
それがわかっている映像をテープ起こしするのは気が重いです。

概要としてまとめるときには、基本情報として文章中に入れることはできるのですが。
証言をそのまま映像で残すというのは、本当に一筋縄ではいかない、と思うのでした。