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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
保存の会事務所に入った現地からの報告を個別に回してもらっているのですが、今は事務所メンバーからメーリングリストに流れた内容を転載させていただきます。
第3回沖縄キャラバンの6月29日(金)の様子です。

◆◆◆

2班の沖縄市での聞き取りは、挺進第27戦隊所属の防衛隊員だった方。さすがに防衛隊員がマルレで特攻をするという事ではありませんが。
結局マルレが無くなり部隊は陸に上がって摩文仁の方へ敗走していくのですが、この方はその時利用した壕は勿論、使った瓶なども保存するよう今の持ち主に頼んで歩いておられるらしく、次回は是非そのコースを1日かけて説明して歩きたいというご希望で、またお目にかかる事になりそうです。

ちなみに昨日煮詰めたばかりの黒砂糖というのを山ほどお土産に頂いたそうですが驚く美味しさとのこと・・・
事務所で待ちたいと思います!
また乗ったタクシーで旅行の目的を告げたところ運転手さんの叔父さんや叔母さんの体験談や、宮森小学校への米軍機墜落事故(1959年)やオスプレイ配備まで話しは広がったとか。

一方1班は南城市の奥武島で81歳の女性と82歳の男性の聞き取り。
このお二人は地元の小学校からの同級生だそうで、80代の小学校の同級生というのはなかなかですね。
男性は義勇隊で壕掘りに、防衛隊の次は義勇隊とあの手この手の根こそぎ動員ですが、この部隊は隊長さんが「この戦争は負けるから若い者は帰りなさい」と解散命令を出してくれ生き延びることが出来たとのこと。
とは言っても生還したのは部隊では証言者たち3名だけで、負傷した友だちを支えて3人で逃げた逃避行を涙も流しながら話して下さったそうです。
ゲートボールの話しをする時の明るく可愛らしいほどの様子と対照的な聞き取りだったと聞きました。
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