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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
大分・熊本キャラバンの4月30日(月・祝)の様子です。
ほんのり内輪受け的、しかしそうとばかりもいえない偶然もあったようです。
メーリングリストより転載します。

◆◆◆

昨日(4月29日)は当初OKを頂いていた体験者の方の聞き取りがご家族の心配で駄目になり(残念ながら最近ままあるケースです)オフ。
折角遠くに来たのだから普通の休日として楽しめば良いようなものですが貧乏性の私としては護国神社や県立図書館で過ごすことになってしまいました。

本日は早朝、このために帰省して貰ったような中田事務局長と大分駅で合流。
鈍行で南へ1時間半、佐伯市を目指します。
途中臼杵駅に長く停車した折、ちょうど開いたドアの向こう、目の前のホームに早春賦の歌碑と、作詞 吉丸一昌の文字!
そう、「語らずに死ねるか」のプロデュサー吉丸昌明さんが早春賦の作詞者のお孫さんだとは知っていたのですがなぜ臼杵に? 長野の歌じゃないの?? と思ったら臼杵は吉丸一昌さんの生誕の地だそうです。
詳しい経歴など拝見しながら「吉丸さんのお祖父さんって本当なんだ」(←別に疑っていたわけではありません)と車内で大盛り上がり。。。
知らない土地にいきなり親近感がわくから単純なものです。


佐伯市では長陽会が運営するケアハウス・コスモスほか各施設の方々からお話を伺いました。

狩生潜(かりうひそむ)さん(92歳)は駆逐艦「初霜」の主計兵。
大和と特攻に出る前命令で船倉の蓄えを全て使い尽くす宴会を二晩。
沖縄特攻からは戻りましたが、その後舞鶴沖で沈没しています。

宮本久人さん(96歳)は戦車第1連隊! と思いましたがご高齢過ぎて?太平洋戦争開戦前のお話、戦車が泥沼にはまり参謀が亡くなられた話などありましたが、中心はその後の住友金属での軍需工場のお話だったそうです。

御手洗環さん(90歳)は北千島・パラムシル島(幌筵島)の守備隊。
その後チタに抑留された体験。

佐藤百合子さん(83歳)は女学校に籍を置いたまま小倉の郵便局に勤務。
「当時はねずみがいるから郵便物に穴があいて豆を炒ったのがこぼれてきたりするの。
それを誰ともなく食べて、そうすると穴が少しずつ大きくなってきてね」
一方で「欲しがりません、勝つまでは。命も欲しくなかったの」

藤原タマさん(90歳)は女子挺身隊で魚雷のネジを作っていました。


こちらの施設では毎夏「戦争を語り継ぐ会」を開催してもう16回を重ねているとのこと。
施設外の方たちも聞きに来られる夏のイベントとなっておられるようです。
北関東キャラバンの方もケアハウスにお世話になったようですが、保存会の都合ばかりではなく、戦争体験を聞く場を作ってくださる施設は恐らく入居者にとって良い施設なのだと感じています。
つまり職員や家族の都合以上に入居者の方を向いている姿勢の反映で、残念ながら決して多数派ではありません。

施設で出しておられるのと同じお昼御飯も御馳走になりましたが、普通においしいことにびっくり!
更に食器をプラスチック製ではなくちゃんとした陶磁器を使っておられる事に感心しました。
GW中はちょうど有田の陶磁器祭りなのですが、今日は職員の方が3人で今年の新しい食器を買い出しに行っているとのこと。
「陶磁器を使うとお年寄りが割ると言うけどあれは嘘、割るのは職員!」(笑)と御手洗和子園長。
本当にお世話になりました!!

最後に列車までの1時間、佐伯市平和祈念館やわらぎへ。
佐伯海軍航空隊の兵舎跡地に建てられた大分県唯一の平和祈念館で、何となく大人の来館者は久しぶりだった気配??(学校の平和学習での利用は活発な様です)
年配の男性職員の方が全館付き添って詳しく説明して下さいましたが、特に佐伯の特徴を中心に、海軍の誘致合戦のお話などもあって興味深く贅沢な見学となりました。

その後大分市内へ。
中田事務局長は明日の通常出勤に向けて最終便で帰京しましたが、実は濃霧発生で高速が閉鎖、空港行きのバスが下の道で渋滞に巻き込まれ、飛行機には実に間一髪の到着だったそうです。
羽田から無事戻ったと電話がありました。

私は明日は九州を横断、5時間列車に乗って熊本県人吉を目指します。
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