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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
報告5、栗原俊雄さんは、「シベリア抑留の問題はまだ終わっていない」ということで、「未完の悲劇」と表現されていました。
抑留者が補償を求める戦いは、お金の問題ではなく、名誉回復の戦い。労働賃金なしで強制労働したということは奴隷であるということであり、奴隷のまま死ぬわけにはいかない、ということ。
そういう前提があり、特措法が出来た後も続いている裁判が2つあるとのことです。1つは、日本政府の棄民政策にオトシマエをつけるための戦い、もう1つは韓国籍の抑留者の戦い。
それは、シベリア特措法が制度として不十分だということを意味してもいるのですが、運用の面でも不十分だと指摘されています。
もともとが平和記念財団の200億円があったからそれを使って出来る範囲でつくられたものであり、資料の翻訳や遺骨収集も本気でできる規模ではない、本来はプロジェクトチームをつくって取り組むべきことであるのに、と熱く話されていました。
シベリア抑留は、原爆忌や沖縄慰霊の日のようなシンボリックな日も場所もないことで、大戦の最大の悲劇になっているのではないか?と問われます。マスコミの方としての自省もこめたお話でした。

全ての報告の後、質疑応答となりました。
抑留の範囲としてモンゴルが含まれることもあり、「ソ連・モンゴル抑留」と呼ぶべきでは?という意見、日本は本来ソ連と戦争はしておらず、抑留はソ連の一方的な行為であるという指摘等、活発な意見が出ていました。
抑留体験者の方でも、そのときの階級や立場によって民主運動の捉え方が違うのがわかる場面もありました。
参加されている方々に比べて、私が勉強不足であるため、ニュアンスの違いや勘違いも出るかと思いますので、簡単ですが「抑留パネル」のレポートは以上とさせていただきます。
もし参加されている方で、私の表現に間違いを発見された方がいらっしゃいましたら、ご指摘いただければと思います。
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