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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
当ブログを始めた年から、なんとなく毎年書いている「祖父の命日」が今年もやってきました。
このタイトルで書くのは11回目です。
祖父が亡くなったのは2008年なので、今日は12年目。ということは、13回忌となるのですよね。
なんだか、何回目、という数字がわけがわからなくなります。ということも、確か以前書きました。

7回忌までに、祖父の戦場体験を調べてまとめたいと思っていたのに、あっという間に6年経過?本当に何かまちがっていないかと疑いたくなります。時間の経過の感覚もわけがわかりません。

13回忌、ということは、20年後には33回忌で、一区切りとなるわけですね。
元気であれば、真珠湾攻撃の年に生まれた父=祖父の息子は99歳。祖父の亡くなった年齢も超えています。
戦後95年。
20歳で徴兵検査を受けた方は(1945年だったら19歳で受けることになっていますが)、115歳。
現在存命の日本及び世界の最高齢者は117歳らしいので、115歳といったら、かなり限界いっぱいというかんじがします。
戦闘要員として戦ったことがある方というと、当時14歳ぐらいまでは下がりそうですが、1945年時点でそういう状況の場合、戦死率も高いので、もともとの生還者が少ないと思われます。
さて、戦後100年まで、あの大戦の戦場体験者の方がご存命であるかどうか。

祖父の命日、13回忌、というところから、だいぶ思考が飛躍しました。
毎年、あとどのくらい、戦争体験者の聞き取りができるだろうか、と考えながらも、びっくりするような出会いがときどきありつつ、少しずつ新しい証言映像が増えているのですが。
戦中までの生まれの方が本当にどこにもいなくなる時というのが、かなりのリアリティを持って迫ってきて、ぞくりとしました。
21世紀になってから今年で20年目です。
20世紀生まれにとって、この時間を振り返ってみて、どうなのか。
ぼーっと生きていたら、あっという間に過ぎてしまいます。
ついでに、20年後の自分を想像して、さらにぞっとするのですが。

もうじき、保存の会が発足して15年半です。
これまで積み上げたものは確かにあるけれど。証言の聞き取り、収録としては、そろそろ折り返し地点、ということになります。
私が保存の会に関わったきっかけが、まさに祖父の死だったので、私の保存の会歴も今年の9月で12年になります。
正直、個人的にはだいぶ疲弊してきているのですが。
悲しくも、本当の一区切りの時が見えてきてしまった今、さてどうしたものか、と途方にくれます。

もっと言うなら。
15年戦争といわれたあの大戦の時期に青春を過ごした方々、という視点もあります。
保存の会が歩んだ年月が、いつしか大戦の歳月を越えています。近代の戦争の時代は、さらに半世紀近く前から始まっていたのはさておき。
当ブログでさえ、毎日大戦に向かい合うこと10年です。

祖父の大戦の経験に及ぶことは決してないけれど。
大戦の日々よりも長く、自分の人生が大戦に向かい合うことになりつつあるのを改めて認識したこの日でした。
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