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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
何度か書いたことがありますが、1月17日、阪神淡路大震災の日です。
今年で25年になります。
20年の時に、戦後70年と重ねて書きました。
20年で、体験者の高齢化により記憶の継承が課題と言われていたことについて。
それから、あっという間に5年が経過。
状況は思ったより早く、困難さを増しているのだなと感じます。

復興の街づくり事業は2011年にほぼ完了したとされており、被災者支援のための財源となってきた復興基金は2020年度で全事業を打ち切り、解散する予定なのだそうです。
2011年といえば、東日本大震災が起こった年です。
完全とはいわないまでも、一応の復興がなされたと思った矢先に、さらに大きな震災が起こったのだと、改めて知りました。
復興基金の事業が終わる2021年年度末ごろには、東日本大震災も10年を迎えることになるのですね。
今は、復興のめどなど立たないうちに、次々と災害が起こっています。
残念ながら、次々と災害の記憶は発生し、上書きされている状況です。
とても歓迎できないアップデート。

救いといえるのかわかりませんが、災害発生時、twitterなどで、過去の災害の経験者が助言をツイートしているのをよく見かけます。
台風や洪水は、地震に比べると発生が予想できるので、準備段階からの助言が見られました。
いざ、というときに、経験から得たものを持ち寄る土壌が、ある程度あるといえそうです。
一方で、デマや悪意のあるつぶやきも出てきます。
善意も悪意も無意味も、一度発信されるとずっとどこかに残ります。それでいて、必要な情報をピンポイントで探そうとするとなかなかに難しい。発信元は、一定期間更新されないとアカウントごと消えるようになったようですし。
常日頃から使っていれば、もっと有効に使えるのかもしれませんが、どうも腰が引けてしまうところがあります。

記憶を残すのは、知らないが故の過ちを防ぎ、被害や悲劇を減らすためというのが一番の目的なのだと思います。
また、記憶を伝えることによって、体験者のケアになることもあるのでしょう。
「記憶の風化」が問題になるのはそういう面に意義があるからだとするなら、蓄積だけでなく、それに触れる手段が問われているということなのだろうか、と考えました。
誰にでも届くように。間違った情報が避けられるように。

時の流れに急き立てられますが、「時間の経過による記憶の風化」という言葉からもう少し踏み込んで具体的に何が問題なのかを考える必要があるのではないかと思いました。

ともあれ。まずは立ち止まり、被災された方々の安寧をお祈りいたします。
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