FC2ブログ
あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
超強力な台風が接近しています。
関東は今夜がピークのようで、今は家の中でできる範囲の準備をしています。
もうじき、パソコンを立ち上げている場合でもなくなるし、その後停電が続くかもしれないので、今のうちに、いくぶん不謹慎かもしれないことを書いておきます。

窓ガラスの飛散防止に養生テープを「米」の字に貼るように、というのが拡散されていて、どこもテープが売り切れているという状況の中。(ちなみにうちは網ガラスなので、むしろ貼ってはいけない部類)
戦時中が舞台の番組で、各家庭の風景としてよく見るやつだな、と思ってしまいました。
あれは爆風対策だったのですよね。
台風によるガラスの飛散防止には、テープを貼るのは無意味と、ハリケーンの来るような地域のアメリカの人たちがつぶやいていたというのも見かけました。
戦時の爆風対策も、無意味に映っていたのでしょうか。実際、そんなものでは何にもならず、全て燃え尽きるわけですが。

さて、今回に限らず思うのですが、台風の進路を見ていると、大戦末期、情報を持った人たちは、こうやって米軍が接近してくるのを待ち受けていたのでしょうか。
「マリアナ沖で台風が発生」「フィリピン付近で熱帯低気圧が台風に変わり」といった言葉を耳にすると、つい反応します。中学校で歴史を習って以来、「サイパン」という言葉を聞くと、セットで「インパール」という言葉が浮かんでしまうのと同様。(たぶん戦時の標語だかで、「サイパン・インパール」と続くのが教科書に出ていたせいです。当時から素質はあったようです。)
マリアナ諸島やフィリピンから、多くは沖縄の離島~本島を経由してやってくる台風。
同じように、1944~45年初頭には、米軍がサイパンやフィリピンを陥落させて本土に向かって近づいてきていたのでしょう。
もはやガラスにテープを貼る程度しか対応する術がなくなった日本へ。その頃には、食糧や物資が圧倒的に不足していました。
そして、まず沖縄に、「鉄の暴風」がやってきました。
10月10日の空襲を皮切りに、正月時期、3月の爆撃を経て、沖縄上陸。
2月には硫黄島への上陸、本土への大規模空襲も行われました。
せめてもの対抗を試みた「神風」は、もちろん巨大な嵐を止めることはできませんでした。
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/tb.php/3756-e0224e40
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック