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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
長崎に原爆が投下されてから74年です。
ネットを開くと、有名なキノコ雲の写真に、鹿児島県の串木野空襲の煙が映り込んでいることがわかったというニュースが出ていました。
このところ、鹿児島県出身のテニアンの戦いの体験者の方を長崎で取材したことがある話を書いていたので、特別気になりました。(ニュースサイトのトップページにあった長崎原爆関連記事がこれだけだったというのもありますが)
保存の会が、昨年の長崎での長期展示に続いて、今年は鹿児島でミニ茶話会をやるという状況で、なんだかご縁を感じます。

やはり最近書いているように、鹿児島は特攻隊の発進基地であっただけでなく、真珠湾攻撃の訓練が行われたところでもあります。
真珠湾攻撃は、航空機による戦闘の有効性を世界に知らしめた作戦だったといわれているようです。
航空機による戦闘の有効性を示した日本は、ミッドウェー以降逆転され、敵の戦闘機・爆撃機に苦しめられる立場となります。
日本の航空機を使った作戦の行きついた先が特攻。
敵の航空機によってもたらされた甚大な被害の最たるものが原爆。
そう考えると、だいぶ皮肉なことだと感じます。

そして、その苦しみは、新しい形の戦争の始まりでした。
日本の敗戦後も、航空機による作戦と核の脅威は続いていきました。

キノコ雲の写真を解析された長崎総合科学大の大矢正人名誉教授は、「全国各地の空襲体験と原爆被害を関連づけて、平和の大切さを伝えていく視点が今後は重要になる」と語られたそうです。
私の場合は、関連付けるを通り越して無理やりこじつけている感もありますが。
さらに、空襲・原爆につながる出来事も、関連して考える余地がありそうだと思います。

原爆・戦争の記憶をつないでいくことを意識しつつ。
犠牲者の方々の苦しみが少しでも救われることをお祈りいたします。
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