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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
年1回投稿の祖父の命日シリーズ、ついに10回目を迎えました。
だから何ということもありません。そして、今回は何を書こうと思っていたのか忘れました。
自分自身が10年年を取ったとはいえ、この手の物忘れをするには早い、と思いたい。

とりあえず、令和に入って最初のこの日ということになります。
昭和も2つ前の時代になりましたが、祖父が生まれた大正は4つ前の時代になりました。
大正3年生まれの祖父は、たたき上げで少尉候補者になり、士官学校に行ったりもして、軍人として身を立てようとしており、終戦のころには、30歳を越えていました。
根こそぎ動員でなければ、一般的な兵士だったら、歳がいってる部類になります。
終戦時には中尉なので、一般的な兵士というのとは違って、このくらいの歳でもそんなにおかしくはないでしょう。

このあたりの感覚が、現在、ちょっとぴんと来づらいところかもしれないと思います。
30代は、本来、兵士としての役割が回ってこないはずの年齢。
それが、赤紙とともに徴兵されていくことになるのは、戦局が厳しいということを示しています。
そして、45歳までの根こそぎ動員を経て、本土決戦の際は1億玉砕を掲げることになり。

30代40代でも若々しくなった昨今。
もしも徴兵制があるとしたら、最初からこの世代も対象になるのでしょうか。
戦争がないのなら、韓国のように一定の年齢になったら2年ぐらい軍隊に入って、というので務めを果たすことになるのかもしれませんが。
そういうことを想像することも、日ごろはほとんどないのは幸いなことなのでしょう。
しかし、あの大戦の時代のことを、今に引き付けて考えるとどういう状況がリアルなのか、というのは、戦争の話を聞く前提として考えたほうがいいのだろうか、とふと思いました。

大戦の時代、大正2桁生まれは、平均寿命が20代と言われていたというのを聞いたことがあります。
大戦期にちょうど20代前半にあたる人たちです。
昭和1桁前半も志願や学徒動員で戦場に出ていきました。
大正から昭和に移り変わる時代の生まれは、みんな20代で死ぬ前提でいたということで。

それよりも10年ぐらい上の世代の祖父のことから、話が妙な方向に行きました。
さて。昭和から平成に変わるころの生まれの人は、現在、ちょうど20代~30代です。
そして、平成から令和に移り変わる今の時代に生まれた人が20歳を迎える頃には、どうなっているのでしょうか。
脱線した勢いで、何かヒントが見つかればよかったのですが、どうもうまくつながりませんでした。
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