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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
悪戦苦闘を表面化させつつ、沖縄戦展の映像パートを考えています。
沖縄戦のタイムラインと、それぞれの方の体験証言を結びつけることができないかな、という方向で、ひとまず考えてみています。
昨日は、通勤途中で、テーマとして「学徒隊からみた沖縄戦」というかんじだろうか、と考えたのですが、あまり具体化はしていません。

先日の映像を使った茶話会で使った資料は、
1.宮城巳知子さんのパネルの縮小版
2.宮城さんの配属場所の変遷を簡単にまとめたものと映像ラインナップ
3.沖縄戦の米軍侵攻地図に宮城さんの配属場所などを示したもの
4.沖縄戦年表
の4ページ構成でした。

米軍侵攻とポイントとなる戦闘のあった場所と、宮城さんの移動経路がどうつながっているのかが伝わればというので考えた構成でした。
年表は、32軍が沖縄に創設されてから、正式な戦闘終結の調印がされるまでに起こった沖縄戦関連のことをびっしり並べて、やたら字が小さくなりました。
こちらは、戦闘と移動の状況に加えて、学徒たちが軍に配属されることになる背景を、制定された法令と結びつけて見られればということで、あえていっぱいいっぱいまで詰め込んでいます。
といいつつ、サイパン玉砕を入れなかったので、次回、同様のものをつくるのであれば、これは入れておこうと思います。

そういうわけで、沖縄戦の経過に沿った形で、女子学徒隊の証言を配置できないだろうかということを考えたのですが、どうもうまいこと結びついていないところです。

この間の会議の時点では、看護活動、学友の死、南部への撤退、解散命令などの共通テーマごとに証言を切り取って並べようかと考えたのですが、同じテーマばっかりまとまった時間見るより、1人の証言の全体がわかったほうがいいのだろうか、などとも考えて、ぶれています。
複数の学徒隊が出るのなら、同じような局面で並べるというのは普通の流れではあるのですが、1人分10分ぐらいずつだとして、最大4人ぐらいまで。となると、できるだけ違う部隊に配属された学徒を並べるのがいいのか、となります。
しかし、宮城さんの証言とのつながりを考えると、どうしても62師団配属の2つの学徒隊をそろえる必要があり。
だったら、元兵士枠がやはり62師団の方になる予定だから、いっそ62師団しばりでいくのはどうか、とも考え。
それだと、中部の戦闘とのつながりがわかりやすくはなりそうです。
今回に限ったテーマとしてはありなのだろうか、とも少し考えるところですが。

むしろ、民間人被害者枠のように、だいたいのテーマや局面で1人ずつの証言を紹介するほうが、全体としてはわかりやすいし、広がりもあるだろうか、ということで、沖縄戦のタイムラインごとに証言を配置するという方向が出てきたわけです。
正直、それが一番、今回やる作業は少ない気がします。どの局面でどの学徒隊の証言を使うのかを決めれば、その部分だけ、映像全体の何分から何分までにあるのかを調べればいいということなので。
今後何度もその映像に作業が発生するということにはなりますが、今回を乗り切りつつなんだかんだ一番わかりやすいのは、それのような気がします。
パネルにまとめたものとは違う部分を使うことになる場合もありそうですが、そのほうがお得感もある?のかもしれません。いやどうだろう?

ひとまず、そういう方向で、もう一度、パネルになった女子学徒隊全員の証言をひととおり見てわりふってみるか、というところです。
今、書いていて、多少整理がついてきたような気もします。
しかし、これでいくと、間に説明を入れた講座のような形にしたほうがいいのだろうか?とも感じてきました。
私はあんまりそういう講師役は得意ではないのですが。
ともかく、そういうかんじで、この際、映像をどう使うか悩んでいる状況を、当ブログで実況することにします。

実のところ、昨日の愚痴を書くのに、普段より時間がかかっておりまして。
日々の発信と、本番に向けての作業を両方やると生活が圧迫されるので、いっぺんにやれるようにしてみようかと、今思いました。
旅の準備を書いていくのとそう変わらないはず。
ということで、公式発表的な動きがあれば優先してお伝えしますが、この手の投稿もしばらく多くなると思われます。
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