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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
信州・北陸チームが最終日9月5日(日)午前に伺ったお話の概要です。

◆◆◆

◎川井春雄さん
1930(昭和5)年4月1日生まれ

●1944(昭和19)年7月 海軍を志願し受験。
※海軍特別年少兵を志願したのだと思うのですが、ご本人の認識としては特別な制度を志願したつもりではなく、「海軍を受けた。後でこういう兵だと言われた」という理解でした。
 なおご本人は証言でも手記でも「海軍特別少年練習兵」と書かれています。
○役場から願書が来て書いて出せと言われた。
 お上や国が言うことだから従うのが当たり前という感覚で、志願と言っても強制的な志願。
○十日町まで列車で出て算術などの試験、身体検査、聴力、視力、色覚と検査ごとに人数を減らしていき、最後に残ったのが合格となった。
○口頭試問もあったが、実際には試験と言うより身上調査の内容。
 家は貧しいかとかいなくなると家は困るかとか聞かれた。
○同じ高等小学校から10数名が受験し4名が合格。
 うちまだ高等小学校に在学していた2名は不採用。
 川井さんは4月1日生まれで最年少の早生まれで上の学年に入ったので採用となった。
○海軍に前後して陸軍も志願、受験。
 こちらは少年戦車兵を希望していた。

●1944(昭和19)年12月28日 採用通知が届く。

●1945(昭和20)年5月25日 平海兵団に入団(志願)
 海軍特別年少兵 4期生。
 雪の多い年で未だ苗代も作っていない中出征した。
 「昭和の白虎隊」と呼ばれ将来の中堅幹部を養成するのだという触れ込みだった。
 教班長は皆師範学校出身。
 数学、歴史、化学、英語などの教科と防毒、旗振り、銃剣術などの訓練。
 青年学校で習った知識は陸軍式なので、海軍では戸惑う事が多かった。

●1945(昭和20)年8月16日
 15日の翌日集められて無条件降伏したと伝えられたが、よく意味が分からなかった。
 数日して帰れるらしいという噂が広がった。

●1945(昭和20)年9月4日 復員
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