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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
明後日、択捉島の体験を伺うので、真珠湾攻撃ごろの択捉島について確認しておこうかと思いました。

wikipediaによると、1941年11月20日に、突如情報統制が始まったとあります。真珠湾攻撃当日の12月8日まで。
「海軍により突如、あらゆる船の島への入出港が禁じられ、また島唯一の紗那郵便局は通信業務を停止させられて電信機には常時、水兵の見張りがついた。」
そして単冠湾に南雲忠一中将率いる航空母艦6隻を含む軍艦30隻の機動部隊が秘密裏に集結、真珠湾攻撃のため11月26日にハワイへ向け出港。
このあたりについては、真珠湾攻撃に参加されたパイロットの故城武夫さんからお話を伺いました。
明後日のお話で、このときの択捉島の住民側から見た状況を伺えればよいと思います。

真珠湾攻撃の奇襲が成功したのが、この結集が米国に気づかれなかったからだとしたら、情報統制は功を奏したことになるのでしょうか。
ソ連も近いわけですが、全く気付かれないものなのでしょうか。
海戦を見ていくと、本当にお互いに気づかないものであるようで、現代の目から見ると不思議な気がします。

華々しい勝ち戦のスタートを切った場所ですが、戦争が終わりに近づくにつれて、兵力は本土決戦要員に引き抜かれていきます。
日本の降伏調印がなされる日、ソ連が侵攻してきて、そのまま実効支配が続くことになり、その問題はいまだに解決されずにいるのです。
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