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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
ゴールデンウイーク中心に展開した沖縄ミニキャラバン2018の様子が、保存の会公式twitterにも流れていましたので、拾ってまとめておきます。
基本的には、同じ方の分は1つの記事にまとめます。
今回は、旅の記録ということで、同じ日の分をひとまとめにしました。

2018.5.2 1:57

おばあたちのグランドゴルフやら畑やら体操の合間を縫って戦争体験を聞いて歩いてるので、小さな集落の中をやたらウロついている。今日は4回もミニパトとすれ違った。観光客してないし、最後はそろそろ職務質問されるかと思ったが何もなかった😌そんなわけで渡嘉敷っぽい写真も撮れないが猫を見かけた
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2018.5.2 4:30

2日間夕食を食べた民宿提携のお店は、第2中隊の中隊長以下将校が最初に宿泊した場所らしい。その後軍の連絡所になった。その隣の空き屋敷に当時は医務室があって、飯上げに来た傷病兵がつまずいて転び、少尉に蹴飛ばされまくった話を思い出しながらアカユー🐟らしき煮付けをいただく。

2018:5.2 4:43

そのお店の目と鼻の先の公民館は、戦中国民学校だった。渡嘉敷部落には米軍に伊江島から移された人々が先に入っていたため、この学校の校庭に多くの天幕が張られ、部落の人たちはしばらくそこで生活したらしい。

2018.5.2 4:57

自決場(じけつばと島民は呼ぶ)に偶々行かなかった人の理由は様々。ある人は、避難壕にヌル(祝女)がいたので彼女がそう判断したのではと思っている。別の人は、幼子が遅れて集団について行ききれず、親が本島出身だったので道が分からなかった。しかし、おとうさん(夫)は、嫁いだ姉は…となる。

2018.5.2 5:46

集団自決後山にこもってから、ある夜兵隊の命令で集落に降りて稲刈り(二期作)をした。翌日親戚の叔母さんは、ある村のおじいが稲を盗んだと避難場の中に立たされ、兵隊に帯革で叩かれて泣かされまくっている(ママ)のを見て恐くてたまらなかった。
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