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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
時間を忘れる熱い議論でしたが、意外にも、予定通りの時間にまとまっていました。実は第1部で10分ほど押していたのですが、その分を取り戻す短期集中ぶりだったことになります。会場からの声を聞こうということで、パネリストの皆さんががんばってくださったおかげでしょう。
質疑応答及び会場からのご意見の時間となりました。
会場はほぼ満席状態で、戦場体験放映保存の会の元兵士会員の方々はじめ、体験者の方がたくさん来てくださっているのがわかりました。(ちなみにブログ係、このとき初めて客席の方に行きまして、壇上の写真を撮りました。それが当日速報で載せた写真です。)
質問・ご意見・メッセージも元兵士の方から多数いただきました。

ある体験者の方が、ご自身が受けられた初年兵時代の罰直のことについて大演説をぶたれるところから始まりました。軍隊というのは、相手の国にもひどいことをするが味方にもひどいことをするのだということ、それは多くの兵士が経験していることだということを熱弁。個別の体験を集めることも大事だけれども、戦争全体のことをもっと追究してほしい、というご意見のようです。

つづいて、少年兵となったが特攻する飛行機もなくなり、本土決戦に備えて戦車への自爆攻撃訓練に明け暮れられた方からの質問。もしも原爆が落ちなかったら、本土決戦で自分は命を落としていたと思うが、そう語ってもいいものでしょうか、との問いです。

この問いに対して、北村さんが、自身の経験を踏まえて語られました。小学生時代初めて広島・長崎の原爆のことを知ったとき、アメリカに対して猛烈な怒りを覚えたこと、それは根源的な怒りだったということ。その怒りは自分だけでなく日本人全体の心にあったはずなのに、その怒りはどこへ行ってしまったのだろう?それがとても疑問で、自分なりに考えてきた、とのこと。
直接の答えではありませんが、会場の一人一人に対して、よく考えてみてほしいという投げかける言葉でした。
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