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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
昨日、スラバヤ沖海戦、バタビア沖海戦を振り返ってみて、言ってはなんですが、ぐだぐだな戦闘だなあという印象を持ちました。
お互い、敵状がよくわからず、味方との連携もうまくいかず、撃ってもなかなか当たらないかと思ったら同士討ちのようなことが起こってごたごたしているうちに勝負がついた、というような。

しかし、これも間違いなく戦闘であり、死傷者が出ています。
現場では、誰もが混乱しながらも必死で戦っていたはずです。
そうした中で、仲間や知っている誰かが死んでしまうのを見た方もいらっしゃったと思います。
「なんでこんなところで命を落とさなければならないのか」とは、戦闘のさなかには思う余裕もなかったのではないでしょうか。
後になってみると、同士討ちで味方の艦の砲撃が当たって死んでしまった人たちは、特に無念だったろうと思います。亡くなったご本人は、真相を知らないのかもしれませんが。

そうやって亡くなった方でも、戦死公報には、「勇ましく戦い壮絶な死をとげた」と書かれていたことでしょう。
それは、ある意味思いやりであったかもしれません。
真相を知ったら、遺族はさらに悲しむことになり。ゆえに、戦友としてそれを語れないという場合もあったのではないかと思います。

そして、戦時中であれば、「戦果」だけが大々的に報じられ、勝利に沸くことになるのです。
戦いを命じた上層部は、その戦闘の詳細を振り返り、苦々しく思っていたでしょうか。それとも、勝ったのだからよしとしたのでしょうか。いずれにしても、そこで亡くなった1人1人のことは、顧みられなかったのではないでしょうか。

大戦とその前後として出来事を振り返り「ぐだぐだ」だと思ってしまったことについては、思って然るべきだろうと思うのですが、それで現場の1人1人の状況を考えるのを忘れてはいかん、と、自分に警告の意味で、あえて深く考えてみました。
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