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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
東東北チームが、8月18日(水)午後、青森県八戸市で行った収録会で伺った証言です。

◆◆◆

◎日当與吉さん

1922(大正11)年2月生 89歳 
本籍地:岩手県(当時)
ブーゲンビル島

1942(昭和17)年12月 徴兵検査 第2補充兵役。
1943(昭和18)年1月 臨時召集のため歩兵第52連隊(弘前)補充隊に応召。同日、
弘前第16部隊に入隊。
1943(昭和18)年2月 宇品港からパラオを経て、ニューブリテン島ラバウルに上陸。
1943(昭和18)年3月 ラバウルを出発し、ブーゲンビル島に上陸。
1943(昭和18)年3月 南海派遣暁2947部隊第2揚陸隊に転属。
1943(昭和18)年6月 セ号作戦(コロンバンガラ島からの撤収作戦)に参加。
1944(昭和19)年1月 タロキナ作戦に参加。
1944(昭和19)年5月 船舶工兵第1連隊に転属。材料廠に編入。
1945(昭和20)年3月 南海第4守備隊に編入。
1945(昭和20)年6月 ムシゲタ作戦に参加。
1945(昭和20)年8月 終戦後、エレベンタ収容所に収容。同月、船舶工兵第2連隊に転属。
1945(昭和20)年10月 フハル島収容所に収容。
1946(昭和21)年2月 浦賀港上陸。復員。

ブーゲンビル島上陸後、配属となった「暁部隊」とは船舶兵のことです。大発に乗船し、その操船が任務でした。
「セ号作戦」とは、ソロモン諸島コロンバンガラ島に集結した日本軍将兵1万2千名を、チョイセル島を経由してブーゲンビル島に撤収させる戦いです。米軍はコロンバンガラ島に上陸せず、前進したので遊兵となっていた将兵を撤収させることが目的でした。
「タロキナ作戦」は、ブーゲンビル島西岸のタロキナ岬に上陸したアメリカ軍を撃破する戦いでした。第1次(S18.11)と第2次(S19.1~3)がありますが、日当さんが従軍したのは第2次のようです。その後、南海守備隊に転属となり、島内でイモを作る農作業班に回されたとのことです。
「ムシゲタ作戦」は詳細が不明で、正式の作戦ではなかったようです。日当さん曰く「食糧難で口減らしに兵隊を死なせようという作戦だった」。これも農作業のため、日当さんは直接参加せずにすんだそうです。
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