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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
中之島証言集会まで10日を切って、絶賛カウントダウン中です。
昨年は8月15日までと併せてカウントダウンしていました。今年は、5年に一度のカウントダウンがあるとしたら、75年前の12月8日の太平洋戦争開戦か、70年前の11月3日の日本国憲法公布です。
特に後者は、今年以外にあまりやりそうではないので、できるだけ取り上げています。

70年前の8月は、主に小委員会で審議が続けられていたときで、大きく取り上げるような出来事は少な目です。
なんというか、中之島証言集会を控えた今と似ている気がします。準備やら審議やらに関わっているメンバーにとっては緊張感のある、とても忙しい日々であるのに対し、外に発表できることが意外と少ないという。
芦田修正と国会議員の文民条項のことや、皇室の財産をめぐる案件等、実はこの時期議論は紛糾しています。
首相に申し入れをした議長が越権行為を指摘され、不信任決議を出されて、否決されたものの辞任したりもしています。
そうした紆余曲折を経て、70年前のこの時期、動きがありました。
1946年8月24日、衆議院本会議で、委員会修正案のとおり「帝国憲法改正案」を修正可決され、貴族院に送付されました。
衆議院での主な修正点は、国民主権の原則を明確にしたこと、戦力の不保持を定めた第9条第2項に「前項の目的を達するため」という文言を挿入したこと、生存権の規定を追加したこと、国民の要件、納税の義務、国家賠償、刑事補償について新しい条文を追加したこと、内閣総理大臣を国会議員の中から選び、国務大臣の過半数は国会議員とすると規定したこと、すべての皇室財産は国に属すると規定したことなど。

そして、このとき衆議院本会議で尾崎行雄が行った演説の一節が、今日のタイトルです。
「良い憲法を作ることは容易だが行うことは難しい」
1944年に昭和天皇に対する不敬罪で起訴されながらも、戦後は宮中にも招かれ、自ら新憲法案の構想も行っていました。
1890年の第1回衆議院議員選挙で当選して、明治憲法の時代をずっと国会議員として歩み、日本国憲法の成立にも立ち会うことになる「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる人物の言葉です。

70年前の今日、1946年8月26日には、貴族院本会議に修正「帝国憲法改正案」が上程され、30日まで審議が行われることになります。
同じ日に、金森徳次郎の国体・天皇問題についての説明を批判する発言もありました。宮沢俊義は、ポツダム宣言により「国体」はすでに否定されていたとする立場をとっていました。
今上天皇の生前退位の御意向が取りざたされている今日この頃ですが、日本国憲法成立に向けた時期の「国体」をめぐるすったもんだからちょうど70年ぐらいなのですね。
貴族院でも8月30日の後小委員会での審議が行われ、貴族院本会議で可決するのは10月6日のことです。
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