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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
昨日、城戸久枝さんの講座の1回目に行ってきました。
会場先着3名が全員保存の会のメンバーだったので、変なところで大うけしてしまう、なんてこともありつつ。

今回は、城戸さんのお父さんの半生と、その聞き取りをされた城戸さんの体験についてが中心でした。
お父さんは、1970年まで中国で暮らした残留孤児です。ただ、「残留孤児」という言葉もできる前、日中の国交正常化前に日本赤十字社に手紙を書き続けて日本の両親を探し、1970年にほとんど自力で帰国されています。
講演のときはいつも上映するのだという、お父さんが暮らしていた中国の村を城戸さんが訪ねて撮影された映像からスタート。
ドキュメンタリーを撮りたいと思っていたということで、音楽や字幕の入った、短時間で雰囲気の伝わるものでした。
最初はお父さんが中国育ちということをいやだと思っていたのが、大学の第2外国語で中国語を取ってから中国の文化に興味を持ち、留学するまでになったこと、そこでお父さんの暮らしていた過去と今そこにいる自分がつながっていると感じる瞬間があったことなどから、お父さんのことを書きたいと思われたそうですが。
「お前には何もわからない」と言われても説得し続け、少しずつ聞き取りを進め、出版の道を探し、10年かかって『あの戦争から遠く離れて』を形にされたのだそうです。
ノンフィクションライターというのも、この本を書くために名乗るようになったのだそうで、それまでいろいろな仕事をしてこられたようです。
本を出して、それがさらにNHKのドラマになると、大変な反響があり、お父さんと一緒に講演をするようなことも出てきて。
そんな中、自分がお父さんの傷に触れるようで聞けなかったようなことを質問されるようなことも出てきて、よかったのかどうかと悩みが生まれたとのことです。
それでも、お父さんは常に前向き。城戸さんも本やテレビをきっかけに届く手紙や電話の中から、会いたいと思った人に会いに行くようになり、次につながっているのだそうです。
身内だからこそ、終わりのない取材になっているところもあるようです。

ある親子の場合、というかんじで、きっかけや話を聞いていく間のお互いの変化など、興味深いことが満載でした。
お父さんの体験や言葉等、もちろんとても心に響くものでしたが、それを媒介する映像や生の音声の威力も感じました。お話の間にいろいろな素材が組み込まれていて、動きのある講座になっているというのでしょうか。確かに、ちょっとドキュメンタリーを見ているような気分になりました。
とにかく各場面で説得されているというのを聞くにつけ、家族の戦争体験を聞くことのハードルというものも見えました。この辺が、これから証言を聞こうと思った場合に課題になるのかもしれません。

それにしても、戦後70年で戦争を忘れる方向に向かうのではないかと気になっていたというのを冒頭で話されたとき、それはやっぱりあることなのだなあと思うのと同時に、城戸さんにさらに親近感がわきました。
城戸さんのお父さんとうちの父は同じ年生まれというのもあって、なんとなく我が家との比較の視点も入ってきます。
「聞き手の立ち位置」というのは、そういうところでも出てくるのかもなあ、と思ったのでした。

2回目は8月9日、長崎原爆の日の夜です。釜石艦砲射撃の日でもありますが、城戸さんにとっては、ソ連軍の満州侵攻が一番リアルに感じられることかもしれません。
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