FC2ブログ
あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
「沖縄戦を知っている人は、基地のない沖縄を知っている人だ」と、元沖縄県知事太田昌秀さんがおっしゃったのだと、保存の会の事務局長づてで聞きました。
沖縄の米軍基地が作られたのは沖縄戦の最中から。だから、沖縄戦を生き延びた方々は、それ以前の基地の無かった沖縄をご存知であるのだと。
そして、沖縄戦どころか沖縄復帰も知らない世代が多くなった今、基地のある沖縄を普通のことと感じる沖縄県民も多くなったのだと。
それは、本土でもそうであるというか、一層その傾向は強いのだと思います。

昨日、1946年のことを書いてみて、「これ、勉強しながら得意満面そうに?書いているけど、実際この時代を体験した方々からみると笑止千万なんではないのかな?」とふと思いまして。
今、テレビや新聞で報道される以上に、当時は憲法改正の動きが大々的なニュースになっていたのでは?いや、ときどき「政府、○○案を発表」というのが年表に出てくるので、わりと閉ざされた中で審議されていたのでしょうか。
そういうことさえ、今の私は知りません。勉強不足というのは間違いありませんが。
大々的にかどうかはともかく、日々新聞はその手続きに注目し、追いかけていたのではないでしょうか。
生きていくのが精いっぱいだった人々も、多少なりともこれからのことに注目したのでは?
そういう、1946年~1947年、日本国憲法成立のころを覚えているのは、大戦を生き延びた方々であるわけです。このころ、物心ついている以上の人ということになりますから。
前に、戦場に行って捕虜になった将兵やシベリア抑留された人たち、引き揚げることができなかった人たちは、1946年4月10日の選挙には参加できなかったということだろうと考えたことがあります。
それを意識したのも今年になってからですが、選挙を体験した人たちが大戦を生き残った人たちだという認識はあるのに、日本国憲法制定までの様子をリアルタイムで見ていた人たちというのはあまり意識していなかったのです。なんだか、自分の中で時間が分断されているようです。
この辺、もう少し気にしたほうがよいだろうと思いました。

さて、戦後生まれが8割を占める時代になったと言われています。
ということは、終戦直後の2年間ぐらいを知っている人たちも、2割そこそこになっているということですね。
私が昨日書いたような話に、実体験をもとにつっこみを入れられる人は、もっと少ないはずです。
そう考えてみると、私と同じくらい歴史がわかっていない人というのはそうとういらっしゃるということであり。
鵜呑みにしてもらっては困るのだけれども、こうやって70年前を調べてなにやら書いていくことには、思っていた以上に意味があるのかもしれないと思います。

70年前に比べれば、情報を得る手段はものすごくたくさんあるわけなので、様々な情報を見比べながら考えてみるのがよいでしょう。
そしてまた、70年前のことを知るのと同じぐらい、今自分たちが、大戦を生き延びた方々が70年前そうだったのと同じかそれ以上に、今の社会、政治の動きに関心を持っているのかどうかということも省みる必要があるのだろうと思います。
70年後、この時代のことを調べて知ったかぶって書いている「若いもん」を笑えるぐらいには。

あの大戦の体験を追いかけていると、突然そういうことも考えるようになるものなのですね。
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/tb.php/2509-309aec3a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック