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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
本日、祖父の命日です。
当ブログの何周年と併せてカウントが進んでおりますが、ぼちぼち何回目か忘れてきています。長く続けているとそうなってくるものなんですね。

せっかくだから1946年と見比べてみようと思ったのですが、軍歴表をどこに入れたか失念しました。(おい)
復員がいつだったのか、70年前の今日より前だったのか後だったのかも、これを見ないとわかりません。
目下沖縄戦展前のとある締め切りで探している余裕もないので、見つかったらやることにしましょう。復員前か後かで、書く内容がだいぶ変わるはず。
なんというか、資料管理が雑すぎ。じいちゃん、ごめん。

そういえば、今月の拡大事務局会議の中で、保存の会の情報センターとしての役割について話が出ました。
同じ戦場を体験した人を探している方からの問い合わせがしばしばあることについて。
そこで、まず軍歴表を取り寄せて、どの部隊かを明らかにしましょうというところからスタートするんだけども、その取り寄せ方を説明するのに、当ブログの記事を紹介すると言ったメンバーがいました。
もうだいぶ前になりますが、帰省ついでに祖父の軍歴表を取り寄せようとしたことがあって、その経過をわりとリアルタイムに近いかんじで書いたことがありました。見直すと、ご丁寧に必要書類の写真までつけています。
意外に長いこと役に立っていることにびっくりしました。
今後、戦場体験史料館・電子版の方で、そういうコンテンツをつくろうかという話も出たのでした。

祖父の軍歴表を取り寄せようとか、保存の会に入ってなかったらやらなかっただろうと思います。
というのは、私も、そういえばそういうことができるとか考える発想がなかったから。家族がそういうのに熱心で詳しくないと、出征した人の軍歴表というものの存在さえ知らないものだったりするのは確かです。
これは、確かに、今後に生かしていきたいところです。資料館・電子版より、当ブログのほうが、何か先にやるかもしれません。

それと。私の場合は、祖父が無事に帰って来て、一緒に過ごす時間があったから、この人のことを知りたいと思ったのだと思います。
親・兄弟が戦死された方だと、顔も知らないからこそ気になるという場合があるでしょう。
孫にしても、そういう場合はけっこうあると思います。関心の持ち方はさまざまです。
が、私の場合、祖父が長いこと元気でいたことと、元兵隊だったこともわりと何度か聞いていたこととが、後で大戦のことに踏み込んでいく要素になっていた気がします。
戦死していて、会うことがなかったら、「祖父が亡くなった戦争」に興味を持ったでしょうか。落ち着いて考えてみたら、その可能性もだいぶあると思いました。小学校のころから、戦争や原爆に関心があるほうだったので。
ただ、そうすると、なんとなく、「戦争に巻きこまれた」という感覚だっただろうと思います。
一緒に過ごした祖父が、戦争中はどうだったのか。祖父と戦争、その隔たりと、一方で連続した感じとが、私を戦争の話に深入りさせたのだろうなあ、と。
少なくとも、第2回日比谷証言集会に足を運んだのは、祖父が倒れ、亡くなったタイミングだったからで。「戦争の話をもっとちゃんと聞いておけばよかった」というのがなければ、あのチラシを見ても日比谷公会堂まではいかなかった可能性が高いです。もともと直接話を聞きようがなかったら、そこまで気にならなかったのではないかと。

そういうわけで、私が今保存の会にいることと、祖父と一緒に過ごした日々と祖父の死は、切っても切れない関係なのです。
そして、何年経っても毎年命日をはっきり思い出すことになるのは、ブログを書いているからでしょう。
同時に、やはり生前戦争の話を聞いておかなかった後悔も、毎回よみがえります。
人生って・・・という気分になってきますが、ともかく、戦場から生きて帰って来た祖父と、その幸運に感謝します。
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