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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
70年前の昨日、1946年1月29日、GHQが、琉球列島・小笠原群島などに対する日本政府の行政権を停止しました。
沖縄と奄美以南の南西諸島が行政面で日本から切り離されたのです。

すでに1945年3月26日の米軍の沖縄上陸早々に出されたニミッツ布告(海軍軍政府布告第1号「権限の停止」(で、沖縄における日本の統治権を停止し、沖縄をニミッツの権限の下に置くことが宣言されていました。
沖縄の人々はヤマトとは違う民族と認識しており、沖縄戦の始まった当初からアメリカ側の人員とする方針だったようです。「日本の側に有利なことをしてはならない」といった条文もあります。
しかし、実際には、沖縄の人々の多くは日本軍に従いながら沖縄戦の中で生きて死んでいました。

終戦直後の8月20日、琉球列島米国軍政府の諮問機関である「沖縄諮詢会」が設けられました。
県庁に代わる行政機関として、食糧配給、戸籍の整備、選挙等を行っていました。
1946年4月24日には、「沖縄民政府」が発足、県知事を置いて形式上は県庁に近そうな組織になりますが、そこまでの間に、日本全体を占領した米軍最高司令部によって、沖縄の日本からの分離が行われたことになります。

70年前の今日1946年1月30日には、本土のほうでは臨時閣議が開かれ、憲法改正案(松本私案・甲案・乙案)の議論が始まっていました。
これから日本国憲法をめぐる日本政府とGHQとの本格的な折衝が展開されていくのですが、その直前に沖縄は日本から切り離されてしまっていたのです。
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