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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
まあ、保存の会というところは、凝りもせず毎年無茶ブリのハードル上げていくものだと思います。
とはいえ、昨日ちょっと言った内容は、はた目からはあんまり無茶に見えないだろうところが、一層きつい面がある気がします。日比谷証言集会は、それなりに「大変なでっかいイベント」というイメージを持ってはいただけたと思うのですが、次の無茶なネタは難易度が上がる割に、日比谷に比べて大変そうに見えないだろうなあと。
心強くあらねば、というのも課題です。

さてさて。
その無茶ブリと関係あるようなないようなですが、今思いついた無茶ブリを返しておこうと思います。
そういう割に大したことではないし、漠然としています。ご本家並の規模でやろうとすると途端に無茶になります。

それは、
沖縄から各戦場に行った人たちの証言を加えて沖縄戦展をやること
です。

今年6月の沖縄戦展では、あくまで沖縄での戦いを扱っていました。
本土出身で沖縄戦を戦った兵士の方々の証言は含まれています。一昨日「日比谷証言集会登壇者特集8」で紹介した井上理二さんのような海上特攻の艦船の乗員や、沖縄の敵を爆撃する飛行機のパイロットの方等の証言も入っています。

思いついたのは、沖縄県平和祈念資料館の今度の企画展のテーマが、「戦後70年伝え残す記憶 ウチナーンチュが見た戦前・戦時下の台湾・フィリピン」なのを見たからです。
いや、前から思ってはいたのですがこのテーマを見て思い出しました。(というと嘘くさいですが、パラオの女学生だった仲井間千代さんが日比谷証言集会に出られることが決まったときには、近いことを考えました。)
企画展は沖縄県平和祈念資料館で今開催中ですが、前の前のテーマが「日系ハワイ移民が見た戦争と沖縄」で、巡回展示「日系2世の戦中・戦後」のもとになったものでした。このパネルの一部を、今年の沖縄戦展でお借りしました。
ちなみに、前のテーマは「南洋の群星が見た理想郷と戦」だったようです。仲井間さんはそちらの方が近いでしょう。

キャラバンを始める前から、テニアンの体験者の方の証言には、沖縄からの移民が登場していました。亡くなった民間人の中で沖縄出身の人は特別多いのだというのも、そのころ初めて聞きました。
キャラバンが始まってからは、フィリピンにいらっしゃった方の証言にも、やはり沖縄からの移民の話が出てきました。
実は沖縄から満州への移民が多かったことや、初期の満蒙開拓から帰った人が農兵隊のリーダーになったこと等も知るようになりました。
沖縄キャラバンでは、沖縄から戦地に行かれた方からもお話を伺うことがあります。
内地にいらっしゃった方も、沖縄の外で戦闘に参加したり、戦争を支える仕事をしたりされていました。この辺りは、掘り下げると差別の問題が見えてきます。そこに触れそうなのが、私の提案の一番「無茶」なところかもしれません。
そんなこんなの積み重ねを経て、仲井間千代さんのお話を伺ったときには、「これは沖縄の女子学徒隊とセットで展示すべきだろう」と思ったのでした。

もう少しテーマを広げると、戦争で故郷が荒廃したことによる、戦後の移民もあります。
この辺になってくると、日比谷証言集会第2部から展開する新しい形の聞き取りにも踏み込むと思います。

例えば、沖縄出身の各戦場の体験者の方から見た日本兵というところから、通常の百人展とリンクすることはできないか、と考えます。
実際は、仙台や長野での百人展では、その地域出身の方の証言を集めたコーナーをつくっていたので、似たようなことはやっています。その土地から戦場に行かれた方の証言と、その土地に配属されて空襲に遭われた方の証言が並ぶということはありました。
それの応用ということでいいのか、とも思うのですが、パネルを増やすということだけではなくて、何か大変な気がします。

まあともかく。これは本当に今、「ああそうそう」というかんじで思いついたので、保存の会メンバーもここで初めて見る内容です。
実際に何か実になるのかどうかは、まったくわかりません。
ただ、一応、いずれ沖縄戦展と百人展のハイブリッドを何かやろうというのは、保存の会中心メンバーの中にはあるようです。
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