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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
「第4回 あの戦場体験を語り継ぐ集い」登壇者特集です。
第1部登壇順に、登壇者の方を紹介しつつ、日比谷証言集会を振り返ります。
登壇者4人目は、元駆逐艦「磯風」乗員、井上理二さんです。

井上理二さん

井上理二さん

スクリーンの画像です。
井上理二さん

1942(昭和17)年9月1日、海軍特別年少兵に志願(第1期) 大竹海兵団入団
1943(昭和18)年8月、横須賀海軍航海学校入校。卒業すると兵長です。
1944(昭和19)年1月、駆逐艦「磯風」乗艦 操舵に配置
同年6月19日、マリアナ沖海戦。魚雷で沈没した大鳳(空母)の乗組員の救助にあたります。
同年10月、レイテ沖海戦。栗田艦隊に参加。ここで「武蔵」の撃沈の現場に立ち会いました。40隻で出て行って8隻ぐらいしか残っていない状況に寂しい気持ちになったそうです。
同年11月、今度は「磯風」は、「金剛」「信濃」などの護衛、救助にあたります。
1945(昭和20)年2月、震洋、回天の訓練の補助。
同年4月、「大和」の護衛として沖縄特攻作戦に参加。4月7日、「大和」以下、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦4隻撃沈。「矢矧」の救助にあたっている最中、「磯風」も撃沈されます。たくさんの船の乗員の救助にあたってきましたが、このときは「雪風」に救助されました。
同年5月から、第1期特別幹部練習生の教員(大竹海兵団)につき、1期生を卒業させたところで終戦となります。

ミッドウェー海戦後間もないころ、15歳で海軍に志願してから、主な海戦を経験してこられました。それだけに、錚々たる戦艦や空母、駆逐艦の多くの撃沈にも立ち会われています。

日比谷証言集会に向けて、実は3回原稿を書かれていますが、どれも原稿用紙6枚の大作。絶対に時間が足りないので、沖縄特攻のことに絞ってお話いただきました。原稿集にも、時間一杯分までの原稿が掲載されています。
リハーサルを終えて昼食時間、遠くからご来場くださった方が井上さんに会いたいということだったので探したけれども、いらっしゃらない・・・と思ったら、緞帳の下りている壇上の席に悠然と座っていらっしゃいました。
証言はもちろん堂々としたものでしたが、4分経過を知らせる合図に、「戦争は絶対いけません」との一言で締められました。
後で、「本当はこれだけは言いたかったのに」と残念そうに、そばにいたボランティアに熱弁されていたそうです。
保存の会の総会・交歓会や忘年会にはよく顔を出されます。

井上さんの証言概要は「戦場体験史料館・電子版」に掲載されています。
また、(株)ユニモトの映画『はじめ嬉しく、あと悲し』に、主役の5人の少年少女の1人として登場されています。
併せてごらんください。
ご自身の著書もあります。
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