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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
日比谷証言集会へのカウントダウンとして始まった当ブログの「戦後70年」特集ですが、とりあえず今年のうちにネタがあれば続けます。
カウント0を超えて、「日比谷証言集会後」が始まっていますが、70年前も、終戦までのカウントダウンはすでに終え、終戦からの新しいカウントが始まっていました。戦後の日数のカウントですが、そこにどんな意味を乗せるのかは、人それぞれかもしれません。

さて。
70年前、1945年9月27日、米大使館にて昭和天皇とマッカーサーの会見が行われました。
終戦直後、日本のこれからを決定づけたとされる出来事です。
2人だけの会見は35分間ほどだったということですが、この会見の内容についてはお互いに決して口外しないという約束があったそうで、実際に双方語らずに死去。正確な内容が世に出ることは永久にない状況のようです。
しかし、ともかくこの35分の前後で、マッカーサーの天皇に対する印象と態度が大きく変わり、天皇の戦争責任追及はなくなり、日本に対する占領政策の在り方も柔軟になったとされています。

正確な内容はわかりませんが、この会見について、マッカーサーの回想記に記されていたという有名な内容があります。
 「タバコに火をつけて差し上げたとき、私は天皇の手が震えているのに気がついた。天皇の語った言葉は、次のようなものだった」。
 天皇は「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」。
 「私は、この瞬間、私の前にいる天皇が、日本の最上の紳士であることを感じとったのである」。

そして、やはり有名なのが、2人が並んで写っている写真です。
モーニングで直立不動の天皇に対し、マッカーサーが腰に両手を当ててくつろいだ様子で写っているもの。
これは、一度日本の新聞で掲載禁止になったのが、GHQの指令によりやはり掲載されることになったというもので、これを見て日本国民は改めて敗戦を実感することになりました。

10月に入ると、マッカーサーは憲法改正を示唆することになるのですが、新憲法において第1章が天皇の地位を定めた内容だったことは、この会見に関係しているのでしょうか。
「日本国憲法」は、基本的に「大日本帝国憲法」の構成を引き継いだものとなっています。
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