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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
信州・北陸チーム番外編(長野)の様子が、最前線から事務所への電話で伝わってきました。
初日9月18日(土)の様子をお伝えします。

2手に分かれて進行の長野。
1班は、長野市内で聞き取りです。市内といっても、長野駅から1時間に1本の列車での移動。その移動で、列車を乗り違えるというトラブルが発生し、1時間ほど遅れて取材スタートとなった模様です。
なじみのない土地のこと。列車の行先を見ただけではわかりづらいものです。
遅れて到着したものの、いくらでも話すことがあるという体験者の方と、いくらでも聞きたい保存会メンバーが出会ったため、取材は盛り上がったようです。
3~4時間の聞き取りでもまだ全てではないようで、機会を見つけてまたお邪魔することになりそうです。

2班は、安曇野市の宗徳寺にて、今後ご協力くださるというご住職と、現地のボランティア希望の方との会談です。
保存の会事務局長が向かいました。3連休で満員の列車に揺られて穂高駅へ。思わず「みんな何しにいくんだろう?」とつぶやく事務局長。戦場体験を聞きに行くわけではないのは確かです。
穂高に降り立つと、周りはハイキングスタイルの人たちと貸自転車の呼び込み。どう見ても観光地の中で、浮いているのは当方のようです。
ともかく、宗徳寺へ。
宗徳寺には、ご住職、体験者の方1名、ご遺族2名。
体験者の方は、松本50連隊で初年兵教育、甲種幹部候補生になり豊橋の予備士官学校を出た後、松本に戻って見習い士官、少尉に。50名の部隊の小隊長になられたとのこと。
ほとんど年上ばかりの部下の身の上調査をしなければならず、とりわけ女性関係を聞かなければならなかったのが大変だったそうです。
ご遺族お2人は、ご住職の小学校の同級生だそうです。
ご遺族のお父さん同士も同級生で、お一人がもう一人を看取り残った一人も終戦2ヶ月前に亡くなられたという縁の深いご関係だったとのこと。
太平洋戦争の始まる以前に、30代の方の大量召集があったという驚くべき話も飛び出しました。この方々の部隊は、満州から東部ニューギニアに送られ、ほぼ全滅に近い状態となったそうです。
正規の聞き取りではないながら、貴重なお話を伺うことができました。

夜、当初松本泊の予定でしたが、なにしろ観光客が多く、宿が取れず。2つの班は長野市で合流。そろって食事をとり、翌日に備えるのでありました。
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