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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
広島に原爆が投下されてから、今日で70年です。

1945年8月6日8:15、広島上空に3機のB29が飛来。そのうちの1機「エノラゲイ」号により、広島市内に原爆が投下されました。
標的は、T字型の橋相生橋。およそ600m上空で爆発した原爆「リトルボーイ」は、当時約34万人が暮らしていた広島を破壊し、この日のうちに数万人が亡くなりました。正確な人数はつかめていないものの、同年12月までの時点で、放射線による急性障害を含め、死者約14万人とされています。
放射線障害の影響は現在も続いており、それゆえ毎年原爆の日には、新たな犠牲者名簿が納められるのです。

あまり論理的なことを話す気にならない日なのですが、今年はどうもB29に縁があるようなので、とことん付き合うことにします。
広島への原爆投下は「エノラゲイ」が実行しましたが、はじめは「ストレートフラッシュ」という別のB29が原爆搭載機になる予定だったということです。
この「ストレートフラッシュ」は、7月20日、模擬原爆を皇居に向けて投下。それが原因で、本番の原爆投下の「栄誉」から外され、気象観測器として「エノラゲイ」を誘導することになったのだとか。
皇居を狙ったとされる模擬原爆は目標をはずれ、中央区に落ちたということです。パイロットが天皇殺害を目論んでいたという説もあるようです。
この時点で、米国では皇居に対するいかなる攻撃も禁止していたということです。
日本人の心理的影響を考えてのことらしいです。激論を経てポツダム宣言が出されるのが7月26日のことですが、方針に迷いながらも、天皇という存在を戦後の日本統治に利用する目論見があっただろうことを伺わせます。

後に、「エノラゲイ」は、スミソニアン博物館に展示されますが、その展示方法をめぐって物議をかもすことになるのです。それでも、米国ではやはり「栄誉」のある存在とされているのでしょうか。
しかし、戦争の記憶を刻んだ貴重な存在であることも確かです。原爆ドームと対をなすものかもしれない、というと、さらに物議をかもすことになりそうですが。

さて、「ストレートフラッシュ」は、「エノラゲイ」を含む3機に先駆けて、気象観測のため広島を通過。(このとき、小倉と長崎の上空にも別のB29が飛んでいたようです。)雲量等を考えた結果、第1目標である広島に投下することが決定したのでした。
この「ストレートフラッシュ」に対して、警戒警報が発令されたようです。
原爆投下は警報が終わって落ち着いたところに行われたのが映画等で描かれますが、気象観測器のことだったのでしょうか。この辺りは、私がまだよく調べきれていないので確実ではありません。

原爆投下を「任務」というところから見ると、何やら生々しい人間模様と、与えられた任務を着実に実行していく冷徹さが混在しているように思えてきます。

ともかく、この日広島に原爆が投下されました。
戦時中とはいえ、いつものように日常を送っていた人々の上に。

改めて、被爆された方々のために、祈りを捧げます。

敗戦まで、あと9日
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