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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
戦後70年としては反則のような内容ですが、カウントダウンとしてはありでしょうか。
1945年3月1日は、「コロネット作戦」1年前にあたります。

「コロネット作戦」というのは、米軍により計画された日本本土上陸作戦「ダウンフォール作戦」の片方にしてメインである関東上陸作戦です。
1945年8月15日に日本が無条件降伏したため、実現しなかったのですが、本当に起こりえた作戦だったようです。
米軍が策定した作戦でしたが、日本の側は、その上陸地点や日時をほぼ正確に予測していたとのこと。
1944年11月ごろの時点では、米軍が沖縄に侵攻するのか台湾に侵攻するのかも確信が持てなかったことを考えると、「コロネット作戦」は、もう他の可能性があり得ないほど確かな最終局面だったということでしょうか。

とはいえ、wikipediaその他、ネット上を検索してみると、1年前の時点では、日本を降伏させるには空爆だけで十分だという主張も有力だったようです。
その主張の中心人物は、カーチス・ルメイ。日本への無差別爆撃を主導した人物。
1945年3月10日の東京大空襲を皮切りに、日本焦土作戦が展開される最中は、本土上陸作戦の必要性は流動的だったということになりそうです。
「ダウンフォール作戦」が正式に策定されるのは、1945年5月10日のことです。
そのころ、陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルは、空爆だけでは本当に日本に負けを認めさせることはできないと考えたようです。
その背景には、3月26日から始まった沖縄戦で、最後の一兵まで戦う方針を掲げる日本軍に、圧倒的有利な米軍が多大な出血を強いられているという事実があったということです。それはまた、必要といいつつ、できる限り避けたい展開でもあったでしょう。米軍にも沖縄戦以上の犠牲を出すということですから。
1945年3月は、米軍にとっても、大戦の最終局面をどうするべきなのかという見極めが佳境に入る時期だったといえるのではないでしょうか。

さて、ここで現代、21世紀の戦争を少し振り返ってみると、2001年9月11日をきっかけとするアフガニスタンでの戦争にしても、イラク戦争にしても、最新鋭の兵器による空爆が繰り返されましたが、最終的には地上戦に入り、混乱状態となりました。イラク戦争終結宣言は出されましたが、結局治安を安定させることはできていません。
どれほど戦力に差があっても、戦争の行きつく先は、地上戦→泥沼化というのは、昭和の時代も21世紀も変わりないのかもしれません。
それを考えるとき、改めて本土決戦も幻ではなかったと感じるのです。

1946年3月1日へ向けてのカウントダウンの中、70年前はもうすぐ3月10日、東京大空襲を迎えます。
1945年3月1日は、南西諸島方面でも、米軍機動部隊による大規模な空爆が行われていました。沖縄戦も、もはや疑いなく、時間の問題ということが明らかでした。

敗戦まで あと167日

2015年、日比谷証言集会まで あと203日
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