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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
1945年1月22日、南西諸島方面に米軍機動部隊が来襲。
奄美・宮古・八重山・沖縄本島が艦載機のべ900機による本格的な空襲を受けました。
前年10月10日の大空襲で、沖縄の一般市民は初めて戦争の恐怖を感じたという証言がありますが、今度の空襲は、米軍がやがて沖縄にやってくることを感じさせるものだったと思います。
2日前に、「沖縄県防衛強化実施要綱」が閣議決定されたばかりでした。

この日、大本営から沖縄守備軍(第32軍)に向けて、84師団の派遣が報じられました。
前年11月に第9師団を台湾に転出させた穴埋め、というわけです。
ところが、この報は翌日には取り消されます。
1月22日の夜には、陸軍参謀本部第一作戦部長の宮崎周一中将は、84師団の派遣中止を決意していました。本土防衛の部隊を海没の危険にさらすわけにはいかない、という判断だったといいます。
これにより、第32軍の大本営に対する不信感は決定的なものとなり、沖縄戦中も影響を及ぼすことになるのでした。

沖縄にとって、この日は混乱の日だったといえるかもしれません。
そして、これからほぼ2か月後の3月23日、米軍機動部隊が、いよいよ沖縄を攻略するためにやってくるのです。


敗戦まで あと205日
2015年、日比谷証言集会まで あと241日
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