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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
8月21日(土)の北海道チームからのレポートです。
例によって、体験者の方以外のお名前はふせています。「Iさん」がお2人登場しますが、「読売新聞の」と断りがないところは、現地協力者の方です。

◆◆◆

北海道キャラバン二日目です。本日は、旭川市内を横断して一日三件の体験者取材の日でした。

昨日、ご一緒に同じホテルに泊まったKさんとロビーで合流して、8時30分に車でIさんが到着。
旭川緑ヶ丘に出発です。
現地で北海道旭川工業高等学校 放送局顧問のM先生と生徒の方4名と合流。近所に住んでいる高校生がひとり時間ぎりぎりで汗だくで走ってきたのはご愛嬌。

佐藤豊さんは昭和2年生まれで、ゼロ戦乗り。といっても、内地でひたすら空襲警報がなれば、上空退避をして、雲に隠れる毎日。
隠れることのできない「雲ひとつない青空が一番怖かった」は印象深い言葉。

昨日からご一緒だったKさんはこれから釧路に帰宅。握手をして、Kさんから「25日の取材にも駆けつけます」としばしの別れ。

前田先生と生徒で次に移動。忠和8条へ。この近くに住む生徒が家族でよく寄る中華料理屋で昼食。高校生の進路相談?も交えながら、歓談。
高校生から見ると、私もかなりオジサンにみれれているのだなと実感。
鹿山さん宅へ。
現地で昨日護国神社でお会いした読売新聞旭川支社支局長のIさんと合流。

鹿山さん宅は目の不自由な奥様のお出迎え。
「本当によく来てくださいました」と大歓迎。高校生と保存会で本日二回目の収録会。
今日の体験者の鹿山さんは、大正9年生まれ。昭和16年召集の古い兵隊。
特殊無線で、船舶工兵としてガダルカナル島で兵士が飢えている中、鼠輸送。
日中隠れて、夜間に全速力で食料を揚陸。
また、エスペランス岬の撤退戦のときの輸送船側で飢えた兵士を収容した体験者。
昨日の大国さん、元ガダルカナル戦友会会長の山宮さんを迎え入れたかもしれない方。読売記者のIさんも「すごい体験」と懸命にメモをとっていた。

慌しくM先生とお別れ。Iさんの車で本日最後の体験者、佐藤 正さん宅へ。
足が不自由で夕方過ぎにご自宅へ快く迎え入れて戴く。
キ‐62で特攻を硫黄島、沖縄と8回実施して生還した方。82名の部隊が、終戦時には7名になった体験者。
Iさんのご紹介の方で、Iさん主導で取材実施。

なかなか濃い体験を3名聞いて、一路Iさんお勧めの大正11年から続く老舗の鳥屋さん「鳥の小野木」へ。
入り口で湯川英樹さんの来店写真を見ながら、鳥のから揚げを食べながら体験を遺す意義に関して意見交換。

充実した一日でした。
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