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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
長野ミニキャラバン2日目、11月4日(月・祝)の様子です。
保存の会事務局から届いた報告メールから転載しつつ、まとめた内容となります。

前半は、国民学校高等科教員として、満蒙開拓義勇軍に生徒を送り出したお話。
当初は「海外まで子供を送るのはどうも」と廻りの先生とも話していて消極的な気持ちだったのですが、校長先生が変わり、その校長先生が県での義勇軍を盛り上げるグループ(公職かどうかは私には不明)だった人で学校として学校割のノルマを果たすことが必須になりました。
また先生たちも義勇軍に1週間ほど体験入隊して加藤かんじの講演を聞いたりして本当に気持ちが変わったそうです。
当時はロシアの参戦は全く予想が無く、外国と言っても北海道に開拓にいくぐらいの気持ちで、また次男三男の子供には自分の土地を持てるかもしれない唯一の機会だったことも事実でした。
結果ご自分の送り込んだ子供の中で一人が亡くなってしまった(それも内心彼はむかないかなと思っていた子供)。

後半は、ご自身の従軍体験。
沖縄戦前に沖縄から台湾に移転した武部隊(第9師団)だったそうです。
部隊の中で、身体の悪い人達が一部沖縄に残されたという話もありましたが、ご本人は部隊とともに台湾へ。
台湾では現地召集兵(つまり台湾人)の教育係。
日本語が分からない人も多かったので、日本語の初等教育というとっても適材適所の軍務(だから選ばれたんでしょうが)だったようです。

戦後も熱血先生だったとのこと。お話中の様子からもそれが感じられたようです。
娘さんが同席して、メモを出したりフォローしてくださったのですが、体力的な面を考えても、記録を残す形でのお話は今回が最後ではないかとおっしゃっていたとのこと。

貴重なお話、ありがとうございました。
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