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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
七ヶ浜生涯学習センター

七ヶ浜生涯学習センター

7月29日(木)の西東北チームからのレポート、今度は七ヶ浜町生涯学習センターで聞き取りを行った別働隊の様子です。
まずは伺ったお話の概要です。

◆◆◆

◎唐牛誠さん

○和歌山高等商業学校を六ヶ月の繰り上げ卒業後、富士電機で潜水艦の内装設計に携わる。(一ヶ月間のみ。このわずかな間で旋盤で金属を削るときの削りクズを大幅に減らす方法を考案)
○S18年11月1日、奈良県歩兵第153連隊へ現役入隊。
・三週間後、三江省富錦(フキン)の独立守備歩兵第25大隊の本部所属となり訓練。この間も班長が神戸高商出の人でしごきは一切なかった。
○一年後の19年12月、乙種幹部候補生の軍曹に。高商卒のため経理にまわされる。
○S20年7月、関東軍幹部教育隊に派遣を命ぜられる。
・8月8日ハルビン行きの客船(外輪船)に乗り、翌日ジャムスについたところで終戦を知る。
同地で編成中だった歩兵第365連隊第二大体に編入。この部隊は大隊長しかおらず、中隊長がいなかった。
・8月15日、中隊長がそろった時点でハルビンへ転進。
・その途中(16日)でソ連のアムール艦隊に遭遇。どっかの部隊が速射砲をぶっ放す。気づいた艦艇に返り討ち。
そのとき雨でぬかるんだ道の泥が左耳に入り聞こえなくなる(戦後医者に行ったら耳の骨が腐るほどのひどい中耳炎になっていたことがわかった。)。
・8月18日、武装解除され、第二十一収容所に抑留。
○S22年7月、高砂丸で復員。戦後教師に。

◆◆◆

せっかく公民館を借りての聞き取りになったので、もっとお客さんがあってもよかったかもしれない、というくらい、積極的にお話しくださったようです。

別働隊は、28日午後から青春18切符を利用して宮城県入りし、本塩釜の公園で1泊。(野宿!?)
現地の親切な方に、会場まで車に乗せていただいて、この収録に臨んだそうです。
聞き取りの後は、雨のため漫画喫茶に宿泊しつつ、この報告を送ってくれました。
見事なまでの貧乏旅行というか、さすが若者、というかんじですが、あんまり無理はしないよう、安全第一で旅をしてほしいと思います。
道中気をつけて、いい旅を。
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