FC2ブログ
あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
「オキナワを歩く」の一行は、今日のお昼ごろ広島に帰ったはずです。
私は、自由行動中で、今日は主に観光にあてている日でした。

午前中、玉泉洞(おきなわワールド)に行きました。
朝一番に着いて、全部回れるチケットを購入。玉泉洞は最初に入る形になっているので、早速入りました。
本当に壮大な鍾乳洞です。約650mは、周りを見ながら歩くと確かに30分ほどかかります。歩いても歩いても続いている感覚になります。距離感という意味では、映像を撮っておくとよかったかもしれません。
公開されている範囲は、頭をぶつけるようなところはほとんどなく、照明もあるので、途中同時に入った人達と距離が開いて一人になることもありましたが、あまり不安になることはありませんでした。その辺りは、懐中電灯がなければ本当に暗闇の沖縄戦追体験の壕とはだいぶ違っています。
また、「オキナワを歩く」の最後のほうで、玉泉洞は戦時中は完全に水がたまった洞窟で、壕としては使えなかったというお話があり、それで少し安心できたということもあるかもしれません。
初日に、伊禮さんは「玉泉洞には行きましたか?」と質問をされていましたし、先のキャラバンでも数名の証言の中に玉泉洞が出てきたということですので、戦争関係ではあるのでしょう。これについては、もう少し調べる必要があります。
なお、この玉泉洞の向かいにあるガンガラーの谷は、実は戦跡であるようです。現在ガイド付きで回る中では、戦跡としては説明されないようです。事前申し込みが必要なところで、今回は時間の都合で見合わせました。

時間の都合というのは、午後から年に1度のイベントがあるためです。
今日は旧暦1月20日で、二十日正月というものにあたります。
那覇市辻では、ジュリ馬行列が行われるのです。これが14:00からのため、午後には南城市から那覇に戻ることになりました。
辻は、戦時中まで遊郭だったところです。そこにいなければならなかった女性たちが、親兄弟に元気な姿を見せるための行事がジュリ馬行列でした。
10・10空襲でこの地が焼けたことが、『辻の華』等の本に出ています。ジュリ馬祭りの拝所は、空襲でも残った部分だと周りの人達が話していました。
江戸時代ごろからの歴史を垣間見れるイベントであるようです。当ブログの性質上、戦争との関係から書いていますが、ジュリ馬行列の踊りは明るい雰囲気のものでした。

夕方は、波の上周辺の慰霊碑を回りました。時代の違う顕彰碑もあり、もう少し調べてから出直したほうがよさそうだと思いました。

首里城周辺にしてもおきなわワールドにしても、かなり歩くところが多く(戦跡を探しておろおろしているせいもありますが)、毎日2万歩程度歩いているので、そろそろ限界です。
戦時中はこんなものではないのですが、疲労困憊の体感は続いています。どうやら、今回の旅は、ひたすら「沖縄を歩く」と「再び」がテーマであるようです。
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/tb.php/1226-ee470077
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック