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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
岐阜キャラバン最終日、12月20日(木)の旅の様子です。
メーリングリストより転載します。

◆◆◆

東京に戻っています。
本日の聞き取りは輪之内町、町ですがJRの大垣や岐阜羽島からバスで30分ほどで比較的便利な場所にあります。

田中秀啓さん(89歳)は正光寺の前御住職、境内のガレージに物品を集め戦争史料館を作っておられるという新聞記事を見てご連絡したのですが・・・
境内に入ると「正光寺げてもの史料館」の看板!
「げてもの史料館」なんていうものを開館して仕舞う89歳の御僧侶が面白い方でない訳がありません。


田中さんはマニラ陸軍病院に所属、衛生兵の教育を受けますが、配置された庶務課で担当したのは亡くなった方の御葬儀や御遺体の火葬場への送り迎えに合同慰霊祭、庶務課には他にも何人か衛生兵の僧侶がいたそうで、なるほど軍隊にそういう役割分担があったのかと妙に納得してしまいました。

しかし米軍上陸に伴い例にもれず山中へ。
「現世に地獄があるとしたらあれがそうだ」と、「地獄」は時折聞くことのある表現ですが、僧職の人があえてその言葉を使うと少し違った風に響きます。
「艱難辛苦と闘って生きるのは自決するよりずっと辛かった」
こちらは取材報告をお待ちください。


ちなみに「げてもの史料館」にはご本人の軍装や米軍から貰った米軍の水筒、こっそり持ち帰ったと言う注射器などを筆頭にアジア太平洋戦争関連の物品は勿論、シベリア出兵や日清戦争の記章や日露戦争の出征杯にとっくりといった時代のもの、そしてアイロンの歴史とかミシンの歴史とか髪飾りの歴史とか下駄のスケートとか、ありとあらゆる日常生活の上手物ではないものが所狭しとひしめき合っており(と言っても400平米と決して小さな空間ではないのですが)「ちょっと雑然としすぎていると言われるんだけどね」とのお話で、それはまあ言われるだろうけれど、これはこれしかないんではないですか! という感じ。
ああいうものが好きな人には1日いても飽きない空間だと思います。
(入館無料、要予約 058-469-2911)

◆◆◆

岐阜キャラバン、最後まで充実して終了の模様です。
岐阜の皆様ありがとうございました。
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