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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
青春18切符の旅2011夏、8月13日(土)に伺った証言の概要です。
ひきつづき安曇野市の方です。


◎小林操さん(98)
取材日:平成二十三年八月十三日
所属:歩兵第五十連隊~仙台陸軍教導学校~五十連隊~十四師団司令部
兵科:歩兵
戦地:満州、二・二六事件、パラオ諸島
―――――――――――――――

○大正二年十二月二日、長野県生まれ。

・農家出身。
・兵隊に行く前はほとんど軍隊の事なんてわからない。周りの大人も戦争や軍隊なんかまったく知らない無知識な人ばかりだった。
・一つ年下の弟がいて、兵隊にとられたら家に男がいなくなるから先に行けと父親に言われたので志願することにした。二年で帰って来るつもりだった。

○ 昭和八年(?)、松本五十連隊七中隊に入営。

・二十歳の時。
・すぐ満州へ行かされた。
・中隊長は陸大へ行く人で頭のいい人。何故か水泳が好きな人でよく連れてってくれた。
・一回中隊長に「家に帰してくれないか」とお願いしたところ、えらく叱られた。
・下士官にしたいからといわれて仙台陸軍教導学校へ行かされて、一年半ばかり勉強させられてから五十連隊に帰った。

○昭和十一年二月二十六日、二・二六事件。

・鎮圧部隊として東京に出動。冬で寒かった。
・反乱軍と向き合っていた。反乱軍に教導学校の同期生がいて、顔を見て「おーい」なんて手を振ったりしていた。
・機関銃を使っていたが撃たないでよかった。
・急いでいて松本から弾薬を持っていかなかったので、十条の弾薬庫まで弾を取りに行った覚えがある。結局使わなかったので返しに行った。

・一年ばかり東京にいた。
・東京は嫌なところ。
・兵隊を連れて街の中を通って射撃場に行く時に、汗臭くて嫌なのでみんな鼻をつまむ。それでも一年ばかり我慢していた。
・からっぽになった兵舎を借りて世話になっていた。
・ひろい練兵場があった。
・東京から松本に帰ってきて、部隊は満州に行ったが自分と中隊長は残った。中隊長は陸大にいくためらしく、自分は転属になった。

○昭和十二年か十三年、十四師団留守司令部附きに。

・参謀の後付き。
・四人ばかり参謀がいた。
・下士官がくっついているのは作戦主任参謀。
・参謀長は満州へ兵隊を送る時、港へ送り出しに行った。それについて行った。
・船のデッキはすべるので縄を付けた。

○昭和十五年(?)、満州へ。

・満州で子どもも生まれて家族健康でいた。
・関東軍の司令官が銃剣術の訓練をやらせたことがあって、その時に優勝した事があった。
・満州ではろくに銃剣術の練習をしない。
・その時の対象も急所を突いてやったら、死ぬまで治らない(なにかになった)
・お人好しで兵隊を全然殴らなかった。
・兵隊を殴らなければならないのは上官のしつけが悪い。
・やっぱり人間。
・いじめがあんまりひどいと、銃剣術の時に顎を狙って突く。死にはしないが大変なことになる。
・兵隊をいじめる中尉がいて、その人が朝しょっちゅう銃剣術をやろうと誘ってくる。その時に顎に一本くれてやったら、それからどうも大人しくなったらしい。
・中尉は兵隊を寝かせないで夜に銃剣術をやらせたりする人だった。
・兵隊に長靴の中にショウガ(?)を入れたのに怒って中隊の兵隊に朝飯を食わせなかった。そういう馬鹿なことをやるので、よその中隊の人が「小林さん、ありゃやっちまったほうがいいぞ」と心配してくれた。

○昭和十八年、パラオへ。

・島の真中に師団司令部があった。
・参謀たちは元気だったが、話す事はほとんどなかった。
・島には日本の学校があった。
・部落にいったら日本の小学校があって日本の子供がいた。そういうところには行ってはいけないことになっていた。
・なにがあるかわからないし、なにをするかわからないので島民との接触はしないように命令が出ていた。
・部下が四十人か五十人いた。
・部下は栃木の人が多かった。
・アンガウル島に陣地構築の手伝いに行ったことがあった。そこの隊長は松本出身だった。(※後藤少佐?)「おまえ残ってくれんかなあ。残ったら一緒に死ねる」と隊長に言われたが、「帰らなきゃ。部下が待ってるから。」と言って断った。
・ペリリュー島もアンガウル島も、やられるところが望遠鏡でよく見えた。映画みたい。赤子の手をひねるように簡単にやられてしまった。

・主にサツマイモを作っていた。
・たまにボカンボカンと攻撃がある。
・兵隊に行く前にサツマイモ作りを本職でやっていたし、部下も百姓上りの人がほとんで、サツマイモ作りなんてお得意だった。
・サツマイモ畑を二町歩開墾した。
・米軍はその畑に爆弾を落とすので、イモが死んでしまった。
・島には本土から持って来た米があったが、それも爆弾でやられて焼けて食えなかった。
・食う物がない、サツマイモも爆撃されて駄目。かといって、島民の食べ物に手を出してもいけなかった。
・夜に魚釣りが出来た。
・魚は食べられて結構釣れた。
・馬なんかも若干いたが、食べられてしまった。
・一日おきに一人ずつ、二人ずつ、三人ずつ爆弾で殺されていく。
・爆撃に艦砲射撃。
・飛行機もちょいちょい来た。何十機で編隊で爆弾を落としてくる。
・たまに二、三機で回って来た。低空飛行でニコニコ笑っているのが見えた。
・戦死した人は指を切って缶からで焼いて、家族に骨だけでも送り返したいということでやっていた。
・隣の中隊のラッパ手だったか気の短い者がいて、「生きてて何の価値があるだろうか」と言って自殺してしまった。
・この島で一番せつなかったのは、「もう戦争に勝つことなんてどうせできねえ。ここにいても食べる物もろくにないし、もう一緒にみんな死んじまったほうがいいんじゃねえか。死にたいと思っている」と、部下に言われたこと。「そうだ」と思ったが、そんなことは言えない。「戦争に勝つためには生きてなきゃ駄目だ」と言ったら、兵隊達は気が違ったとでも思ったみたいだが、なんとか連れて帰ることができた。頭にきたし、悲しかった。
・通常の人の常識だったら生きていくことは無理。
・それでも部下は十九名生き残った。
・帰ることなんて考えられなかった。
・生きてることがつらくて毒のある木の葉を食べて死んだのが何人かいた。
・部下がいたおかげで死ぬ気が起きなかった。

○昭和二十年八月、終戦。

・終戦は師団司令部にいたのですぐ分かった。
・参謀たちと時々行きあうので大体見当がついていた。別に驚きもしなかった。
・米軍もやってきた。
・島の住民に恨まれるとまずいからあと片づけをしなければならなくなった。
・穴を埋めるためのモッコを部下が作り始めた。
・モッコを持って行って作業に行こうとしたら、アメリカの将校が「それでなにするんだ?」と聞いて来たので、「土を運んで穴を埋めるんだ」と言ったら、「それを置け」と言われた。
・ブルドーザーなんかはいくらでも送ってくれた。
・米兵と仲良く片づけて、島に残る爆弾の穴を埋めてきれいにした。
・爆弾の穴は大きくて、小学校が入りそうな池が出来ていた。それを埋めるのは容易ではない。
・アメリカの兵隊はふざけてブルドーザーに乗ったまま池に入って、また新しいブルドーザーを送ってもらっていた。
・島の住民も喜んだ。・島民はだいたい裸足で履物を履かない。それを見たアメリカの兵隊が「裸足はいけない」と靴を渡していたが、島民は靴をはくと歩けなかった。それでも靴を持ってないとアメリカの兵隊に怒られるので、普段から靴を持って歩いて米兵が来たときだけ履いていた。
・サツマイモ畑にいってみたら大きなサツマイモがたくさんできていた。洗って食べた。
・米軍の中尉が「アメリカだって大変だったんだよ」と言っていたが、そう言われてみるとおかしな船がいっぱいあった。戦争でほうぼうに行くのでアメリカでもいい船がなくなってしまったらしい。

○昭和二十?年、復員船に乗船。

・おそまつな船に乗った。商船で汚い船で、話を聞くとそこらの港にほったらかしてあったのをひっぱりだしてきたものらしい。
・復員船はいろんな島で兵隊を拾って載せていくのでいっぱい。
・腹がへって今にも死にそうなのもいたし、元気がいいのもいたし、本当に大変だった。
・兵隊をいじめた将校さんなんかが船の中でやられる。うちの連隊だったか、何かをぶっかけられて頭の毛がなくなってた人を見た。
・良く死ななかったなあと思うくらいみんなにやられた人もいた。その人は無理に兵隊をいじめていた。みんなにやられて恐ろしい格好をしていた。
・人をいじめとくと危ない。船の中ではもう部下上官ではない。

・本土に着くと、天皇陛下が出迎えに来てくれた。
・陛下が「食糧事情はどうだったか」と聞かれて、後ろの方にいた者が「馬鹿なこと聞くもんだなあ。食うものがあるはずねえじゃねえか」なんて言っていた。
・船から降りてから百姓の畑を借りていろいろしていた。
・部下が「隊長の思い出の何でもいいから貰いたい」と言って帽子の記章も、襟章も、肩章もとってしまった。「まあいいようにしろ」と言っていたが、「隊長は何が欲しい?」「何もねえじゃねえか」
・誰だか物好きな者が戦地から一人用の蚊帳を持って帰ってきていて、それをくれた。
・そこで朝飯だか昼飯を買って食べてから別れた。
・部下はいいもの。死ぬ思いをしてるから。「松本まで送って行くか」と言われた。

●終戦時、陸軍少尉
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