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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
保存の会の大学生メンバーが2012年9月15日(土)に行った聞き取りの証言概要です。
体験者の方のたってのご希望で、北陸キャラバンより前に日帰りでお邪魔していました。
メーリングリストより転載します。

◆◆◆

◎杉本正雄さん(99)
取材日:平成二十四年九月十五日
所属:飛行第二連隊第一中隊~材料廠整備隊~航空通信連隊
兵科:航空兵
戦地:ノモンハン事件(第一次、第二次)
――――――――――

○大正二年、石川県生まれ。

・小松製作所に勤める。

○昭和八年一月二十日、現役志願。飛行第二連隊第一中隊入営。

・岐阜県の各務ヶ原。
・九二式偵察機の整備。
・怪我をして岐阜の温泉に行った。

○昭和九年十一月三十日、満期除隊。

○昭和十一年十月十日、演習召集のため、飛行第二連隊材料廠整備隊に入隊。

○昭和十一年十月三十一日、召集解除。

○昭和十三年八月二十五日、臨時召集の為、飛行第三連隊に応召。

○昭和十三年八月二十八日、下関出帆。

○昭和十三年八月二十九日、釜山上陸。

○昭和十三年九月一日、航空通信連隊第二中隊に編入。

○昭和十三年十月二十四日、新京到着。

○昭和十三年十一月十四日、暗号手を命ぜられる。

・航空隊の暗号を扱った。
・一生懸命覚えた。
・暗号の内容は部隊の行動など。
・一番先に情報が分かるので、おもしろい。

○昭和十四年五月二十五日、ハイラルにおいて第一次ノモンハン事件参加。

○昭和十四年六月~九月、第二次ノモンハン事件参加。

・トラックで移動。
・航空通信隊はいつも飛行場の近くにいる。近くまでソビエトがきた。
・ノモンハン事件。部隊長と分隊長の使いをしていた。
・暗号手が一番先頭で作戦を見ていた。
・五人でいつも一緒にいた。
・恐いのは忘れてしまう。一生懸命。
・暇さえあればいつも穴を掘った。
・穴の中での軍歌演習が楽しかった。
・トイレも穴を掘る。
・一番近いところで三百メートル先から弾が飛んでくる。
・戦死した人はそのまま。かわいそう。
・いい時は芋を食べて、悪い時はおにぎり。蛇やらエビを食べていた。
・日の暮れは八時頃。

○昭和十四年九月一日、任航空兵伍長。

○昭和十四年九月十八日、ハイラル出発。

○昭和十四年九月二十一日、新京到着。

○昭和十四年九月二十三日、召集解除。

○昭和十六年七月十八日、臨時召集のため飛行第七戦隊に応召。航空通信第六連隊無線第一中隊編入。

○昭和十六年十一月、召集解除。


●除隊時、陸軍航空兵伍長。
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