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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
第2回山陰キャラバン5日目の9月26日(水)の様子です。
北陸キャラバンの報告が入り、少々間が開きました。
本当は旅先からの報告でした。メーリングリストより転載します。

◆◆◆

昨日今日は出雲市泊、今朝は6時40分の列車で邑南(おおなん)町を目指しました。
普段は特急代をケチっているのですが5時台出発はさすがにつらいので本日は特急列車を採用。
大きなガラス窓いっぱいに朝の光が溢れてその向こうに青い海と空が広がっています。

邑南町は島根県中南部、広島県との県境に近い町で、
日本海側から入るには直線距離では江津(ごうつ)あたりが近いのですが、ずっと手前の大田市(おおだし)から1日2本の広島行の縦断バスが良いと教えてもらいました。

という事で今度は1時間半のバスの旅。
途中の世界遺産の石見銀山には目もくれず(半ば寝ている間に)バスはずんずん山奥に入っていくのですが、時折驚くほど人家が開けるところがあって、又山の中、いろいろな暮らしがあるのだなと思います。
バスも一息を付く邑南町の道の駅で下車、地元の農産物や名産品がずらっと並んで開店時間早々でしたが地元の人たちでなかなか賑わっていました。

そこから近くのケアハウスで暮らす品川始さん(89歳)は、映画の看板画家を夢見て弟子入りをしていましたが、そんな非国民のような仕事をとご両親は大反対、家に戻されたところで現役入隊。

実は品川さんのおられた連隊は昨日の難波さんと同じで(異なる中隊)、だからそういう中国でのお話も多少伺ったわけですが、その経験からその後のシベリア抑留を「捕虜になったらどの国もあんなもの。日本はもっとひどかった」ととらえておられるのは珍しい例でした。
その一方で撫順の戦犯は主に将官の出来事と感じておられるようです(ちなみに難波さんは兵長)。

タイシェットでの抑留は伐採が主な仕事でしたが、合い間に絵の腕をかわれ壁新聞を書いたり、メーデーのプラカード描きをしたり、レーニンやスターリンの肖像画も描いたそうです。
通常の収録のあと車(!)で近くのアトリエに連れて行って頂きちょうちん行列など村の様子やシベリア抑留の体験を描いた油絵やアクリル画20点以上を説明していただき、こちらも記録しました。
地元や舞鶴の「引き上げ記念館」で展覧会もなさっているそうです。

明日(9月27日)はどうにか最終日、95歳のノモンハンが控えておられます。
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