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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
沖縄の戦争展2023で展示したパネルの一覧を残しておきます。
今回は当日配布物のデータをもらったので、それをコピー&ペーストしました。(いつもは紙の配布物を見ながら手打ちしていました。)
実際はもう1枚パネルがあった、とわかる分については追加しています。記録の意味があるので、できるだけありのままに。

◆◆◆

○戦争準備
◇対馬丸沈没
 久高将吉さん(泊国民学校、沈没時11歳)
◇兵隊は隊列を組んで、軍歌を歌ってやってくる
 座波次雄さん①(玉城国民学校、当時13歳)
◇空襲はお日様までも焼き尽くした
 野里千恵子さん(当時歳)
◇学業中でありながら軍事一色
 福地曠昭さん①(喜如嘉国民学校高等科、当時14歳)

○戦闘
◇戦車と歩兵の戦い 火炎放射器に焼かれる兵士たち
 近藤一さん①(第62師団独立歩兵第13大隊、三重県出身)
◇急造爆雷を背負い敵戦車を追う
 嶺井巌さん①(独立混成第44旅団砲兵隊、沖縄県出身)
◇ナゲーラ壕にて看護 薬も水も食料も何もない
 宮城巳知子さん①(首里高等女学校学徒隊(瑞泉学徒隊))
◇こんな馬鹿な戦があるか、地形も分からず中隊全員での切り込み
 糸数雄介さん(第24師団歩兵第32連隊、沖縄県出身)
◇手榴弾を投げ合う白兵戦 皮肉な運命で生き残る 
 伊禮進順さん(第24師団歩兵第89連隊、沖縄県出身)
◇実弾発射は1回だけ 砲がないので歩兵になった
 津嘉山正弘さん(重砲兵第7連隊、沖縄県出身)

○戦時の民間人
◇最初は避難民がうらやましかった
 福地曠昭さん②(喜如嘉国民学校高等科、当時14歳)
◇方言で答えるものはスパイと疑え
 嶺井勇盛さん(玉城国民学校、当時12歳)
◇方言で答えるものはスパイと疑え
 宮城光吉さん(県立第3中学校通信隊)
◇防衛隊に召集された父は、手榴弾を首にかけられていた
 座波次雄さん②(玉城国民学校、当時13歳)

○首里撤退
◇陸軍病院壕守備命令 負傷兵に毒を配る場に遭遇
 瀬底正賢さん①(水産学校通信隊、第32軍司令部通信隊に配属)
◇南部へ撤退途中の識名壕 負傷兵安楽死を命じられ
 宮城巳知子さん②(首里高等女学校学徒隊(瑞泉学徒隊))
◇防衛隊の兄との別れ・何度も壕を追われる
 玉城澄子さん①(摩文仁国民学校高等科、当時13歳)
◇先遣隊として真壁の壕へ 避難民を追い出して使用
 神谷依信さん①(県立第一中学校鉄血勤皇隊、野戦重砲兵第23連隊に配属)
◇民間人壕の追い出し、近藤さんの信念
 近藤一さん②(第62師団独立歩兵第13大隊、三重県出身)

○鉄の暴風
◇爆風で活版が壊れて新聞は出せなくなった
 呉屋品子さん(民間人沖縄新報所属、当時17歳)
◇義姉、母、義母、義父と毎日死んでいった
 安里要江(としえ)さん①(民間人、当時24歳)
◇「僕を置いていくの?」声がいまだに耳に残る
 安次富(あじとみ)絹枝さん(当時12歳)

○掃討戦
◇母の血にまみれて泣く乳呑児を助けられる者がない
 嶺井巌さん②(独立混成第44旅団砲兵隊、沖縄県出身)
◇壕の中、手榴弾を投げ込まれ涙も枯れる
 比嘉千代子さん(当時11歳)

○組織的な戦闘の終結
◇和子ちゃんが轟壕(とどろきごう)で亡くなる
 安里要江さん②(民間人、当時24歳)
◇米須の壕にて解散命令 馬乗り攻撃を受け投降
 宮城巳知子さん③(首里高等女学校学徒隊)
◇斬り込み命令一転解散へ 自決の手榴弾は不発
 神谷依信さん②(県立第一中学校鉄血勤皇隊、野戦重砲兵第23連隊に配属)
◇摩文仁の司令壕玉砕 友の戦死を司令官に報告
 瀬底正賢さん②(水産学校通信隊、第32軍司令部通信隊に配属)

○投降
◇ここも沖縄ですか?
 玉城澄子さん②(摩文仁国民学校高等科、当時13歳)
◇力強い母に護られて
 仲程シゲさん(大里村第2国民学校高等科、当時15歳)
◇火炎放射器の焼け跡から立ち上る煙に合掌した
 嶺井巌さん③(独立混成第44旅団砲兵隊)
◇潜伏中次々に仲間が死亡 10月、敗残兵とともに投降
 瀬底正賢さん③(水産学校通信隊、第32軍司令部通信隊に配属)
◇信じられなかった仲間の声
 宮平盛彦(せいげん)さん(県立第一中学校通信隊、第32軍電信第36連隊に配属)

○遺骨
◇2時間授業が終わったら、骨拾い
 森山英子さん(県立第2高等女学校、糸満高校、敗戦時14歳)
◇絹の着物をかぶせた、お祖母さんの遺骨
 宜保千恵子さん①(敗戦時8歳)

○孤児
◇私のお祖父さんは、良い人じゃなかった
 内間善幸さん(高嶺国民学校、敗戦時8歳)
◇孤児院は、中学卒業したらすぐどこか行く
 沢岻(たくし)孝助さん①(敗戦時11歳)

○PTSD
◇左足を水で濡らさないと歩けない
 大嶺宗利さん(敗戦時10歳)
◇今でも、山を下りたり登ったりの夢を見る
 宜保千恵子さん②(敗戦時8歳)
◇全身に原因不明の神経痛
 沢岻(たくし)孝助さん②(敗戦時11歳)

○平和の礎
◇遺骨収集と平和の礎の建設
 大田昌秀さん(師範鉄血勤皇隊、沖縄県知事)

※特攻 ←外向けにつくったコーナー
◇特攻
 松浦喜一さん(第144振武隊)
◇物言わぬ特攻隊員
 福地曠昭さん③(喜如嘉国民学校高等科、当時14歳)
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7月15日(土)~17日(月・祝)開催の、戦場体験者と出会える茶話会、の展示パートについて、一番の懸念事項を先に言っておきます。

展示を見る動線が難しいです。
展示を見る順番が分かりにくいというか、おそらく行きつ戻りつの返し縫のような見方になるのではないかという気がします。

保存の会の展示全般に言えることですが、入口から見て、順路が反時計回りです。
これは、横書きのパネルを読む場合、目の動きと逆回りになります。
証言パネル1枚が独立している展示の場合は、逆回りだとしてもパネルを1枚1枚たどればいいのでまだいいのですが。
展示ボード2~3枚を1コーナーあるいは1テーマにすると、どのパネルが最初でどういう順番で見ればいいのか、本格的にわからなくなります。

初めての100人展のときなど、証言パネルが2枚にわたっていてそれを順路通りに並べると、横書きを読む順番と逆になるので、横長のパネルとして見開きのようにしていましたが、なんとなく違和感がありました。
同じ人のパネルは縦に並べるというのが解決策としては一番いいものの、下のパネルは低すぎて読みづらくなります。下のパネルに合わせると、結構見上げる形になり、やっぱり不便です。

昨年のゴールデンウイークの展示の、お世話になった故人の紹介コーナーは、本格的に順番がわからないコーナーが多発していました。
自画自賛ですが、私が担当した宮城巳知子さんのコーナーは、真ん中に沖縄戦侵攻図を据えると、右上から左下に向かってみていく形にすると、時系列に合うという、怪我の功名になっていましたが。(そうなるように、かなり計算して図上演習して配置しました。)

今回、これまでの「戦場体験の証言動画を見る会」の展示にしようというのは、新しくつくるものを極力少なく、という省エネが背景にあります。そうでないと、茶話会の準備が間に合わないので。
展示物が、「動画を見る会」で使用したパワーポイントメインとなると、これでもかというほど横書きです。紙まで横使いだったりします。
それを並べるとなると、昨年5月以上に、見る順番が不自然になったり、どういう順番で見たらいいのかわからなかったりするのが予想できます。
ええ、最初から予想できていながら、この展示を提案しました。
そして、前日準備ができないので、当日朝約3時間で張り切る必要があります。会場で考えている時間はほぼありません。
各担当者、動線まで考えてコーナー設計図つくってくれるのだろうか?いや、そもそも言わないと気づかない気がする。言ったらやれる余裕あるのだろうか?・・・・・・担当者にお任せして見せたいように作ってもらうのがいいのだけど、大丈夫なのか?
むろん、自分なら見やすくできるということはありません。先の沖縄戦の侵攻に沿った配置、というのも、ただの自己満足です。形としてはすっきりしているし、初めのパネルが分かりやすいようにはしたつもりだけれども、実際見やすかったかどうかはわかりません。
今回どうやったらいいのかは、自分のコーナーについてもまだ決めかねています。

とりあえず、「動画を見る会」1回分が1コーナーです。これは非常にシンプル。テーマ構成で悩むことはありません。
で、全体の動線は返し縫になるのはしょうがないと割り切って、各コーナーの中で順番がわかりやすければよいものとする、のが現実的でしょうね。コーナー内は時計回りで構成するような。
そのうえで、ここからここまでがワンコーナーというのがわかるように、ボードにぐるっとコーナーを囲む外枠をつける。沖縄の戦争展で使わなかったマステをここで使うか。
というかんじで、ひとまずどうか。

実は、先日の会議後にちょっと言ってみた茶話会ブースの組み方だと、茶話会ブースの外枠から展示をスタートして、時計回りの動線を作るという奇策もあるのですが。それはそれで見づらそうなので自分で却下。
受付を反対側にするのも無理があるのが、会場の難点です。保存の会の展示に限らず、だいたいは反時計回りになりそうな気がします。展示をする他の団体はどう使っているのだろう?芸術作品ならまあ、文字の流れと逆になることはそんなに問題にならなさそうか。

なんとか、事前に各コーナーの配置について、図上演習つきで確認する時間が持てることを願いたいところです。
というか、なんとか文章で状況を説明しようとしてみたけれど、伝わるのかどうか。茶話会ブース配置を話し合うときまでに、図解できるようにしておくべきなんでしょうね。
7月15日(土)~17日(月・祝)、戦場体験者と出会える茶話会を開催します。
体験者の方々に浅草公会堂にお集まりいただくにあたり、送迎が必要となることがあります。
それで、イベントの詳細広報より先に、当日スタッフ募集メールが流れました。転載します。

基本的にはイベントの時だけ来てくれているボランティアスタッフ向けのよびかけですが、これからボランティアをやってみようという方も、ご連絡いただければ幸いです。

◆◆◆

皆様へ

沖縄の慰霊の日が終わって間もないですが、来月の連休に「戦場体験者と出会える茶話会」を
開催します(末尾)。「最後さいご」詐欺になりそうですが、体験者の方々の年齢・体調を考えると
多数の体験者の方に一同に会していただく形の催しは、今度こそ今回が最後となりそうだと
思っています。(※他の催し+幾人かの講演会のようなものはまだ出来るのかもしれません)

そこで、当日体験者の方々の送迎に参加して下さるボランティアを募集しています。
車を出して下さる方はもちろんですが、レンタカーやカーシェアリングの活用のほか、
行きのタクシーに一緒に乗って来るというような内容も含みます。
(タクシーならお一人でいいのではないかと思われそうですが、遠慮してご家族に頼もうとされ
結果頓挫することなどもあり、一緒に乗って下さるだけで体験者の方は参加しやすくなります)

現在まだ体験者の方々にお声をかけ始めて間もない段階で、具体的に誰を何時という事が
決まっているわけではないのですが、体験者の方々に参加をお願いしていくうえで
出来るだけ送迎についてのフリーハンドを確保したいので、お手伝い頂ける方は
可能地域や日程(回数:どの日でもいいけど1回とか)、方法など保存の会事務局までご連絡ください。
結果的にお願いする案件が無い場合はあると思います。

ガソリン代、レンタカー代、駐車場代(2台までは浅草公会堂に主催者枠有)、タクシー代
などは、もちろん会で負担します。
どうぞご協力お願いいたします!

戦場体験者と出会える茶話会(まだお茶抜き)&展示会 
【日時】7月15日(土)~17日(月祝)
 茶話会 毎日10時半、13時、14時40分開始(但し初日は午後のみ)
 展示会 10時~17時(初日は12時半ごろから)
【会場】浅草公会堂 展示ホール
東京都台東区浅草1-38-6
【交通】都営地下鉄浅草線「浅草駅」 徒歩7分、東京メトロ銀座線「浅草駅」 徒歩5分
つくばエクスプレス「浅草駅」 A1出口 徒歩3分
【参加費無料】
【展示内容】昨年12月~今6月まで7回の、証言動画を見る会の内容を展示します
【注意】この催しは、体験者の皆様の健康を守るために、会場内でのマスクの着用をお願いします
もう少し沖縄の戦争展の振り返りをしようと思っていますが、時期が迫っているので、とにもかくにも先に告知をしておきます。

7月15日(土)~17日(月・祝)、戦場体験者と出会える茶話会をリアル開催します。
会場は浅草公会堂1階展示ギャラリーです。

沖縄の戦争展2023のチラシや、『戦場体験史料館つうしん』にも、開催するというお知らせは少し入っていましたので、一応はご存じの方もけっこういらっしゃると思います。
当日スタッフの募集が、昨日から出ています。イベント告知より先に。
そちらもまた転載する予定です。

3連休の開催ですが、前日準備ができないため、初日は午後からスタートです。
1日3コマ(各1時間半程度)を予定しています。(初日は2コマ)実際のところは、体験者の方の参加具合によります。
今のところ、3名がほぼ確定、他、確認と調整をしているところです。
昨年5月とだいたい同じような顔触れになると思われますが、昨年から今年にかけて亡くなった方もいらっしゃいます。
「茶話会」という名前をつけてできるのは、今回が本当に最後でしょう。(講演会や、展示メインのミニ証言会はもうしばらく可能と思いますが)
なお、「茶話会」と言っても、お茶やお茶菓子はありません。
超高齢者の方々がお集まりになるので、来場者はマスク着用原則必須です。(体験者の方は、声が通るようにマスクをはずされる場合があります。なおさら周りが感染対策を心掛ける必要があります。)

展示ギャラリーですので、展示も行います。
これまで行ってきた「戦場体験の証言動画を見る会」の報告展です。
実際の証言部分は、動画再生でなく、証言パネルを使用します。すべての方の証言を展示するわけではなく、証言のまとめ方も動画とは異なります。(動画で5分だとしても、パネル1枚に入りきれる文字数ではないので。)
1月に行った「戦場体験すごろく」は、実演するかもしれません。

概要は以上です。
多くの体験者の方にご参加いただきたいところですが、状況がはっきりするのはかなりぎりぎりになりそうです。
続報をお待ちください。
昨日山口県で聞き取りをしたメンバー、今日6月26日(月)は広島県へ。
先日お話を伺った方を、2度目の訪問です。
海兵74期、船に乗らず航空士官に、という情報だけ、メンバーから聞いています。
そして、現地から写真1枚だけ送られてきました。

IMG_0426.jpg
福山城です。
やたらきれいな写真ですね。

聞き取りの報告については、気長に待つことにしましょう。
聞き取りから帰ったら、来月の茶話会のチラシ作成が待っているメンバーですので。