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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
いろいろ投下し放題の年の瀬ですが、今日は暮れのご挨拶。

ゴルバチョフ氏やエリザベス女王はじめ、大戦を体験された重要な方々が多く亡くなられた2022年。
保存の会でも、長年お世話になってきた中島裕さんはじめ、多くの訃報がとどきました。100歳を超えて亡くなった方も数名いらっしゃいます。
いよいよ、体験者の方ご本人に参加していただく企画が難しくなっていくのを感じました。

コロナ禍も3年目、リアルイベントがだいたい戻ってきました。
本当に、体験者の方に多数お集まりいただける大規模なイベントは最後だろうという思いで、ゴールデンウイークに、久しぶりのリアル茶話会を開催しました。
大変だけれど、やっぱり茶話会はいいというのを改めて感じました。

沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集いを提案し、その運営を保存の会事務局メンバー+1名がほぼ担いました。
沖縄の方々と連動して行う大規模企画を行ったということで、保存の会の活動は、良い意味でも次のステージに進みつつあるのが感じられました。

そして、2022年は、「戦場体験史料館・電子版」解説から10年。
ゴールデンウイークはこれまでの保存の会の歩みを振り返る展示、年末には「戦場体験史料館10周年展 戦場体験まんだら」を開催。
保存の会の活動をより広く伝え、戦場体験史料館・電子版がより広く活用できる方向を模索しました。

いろいろと移り変わりを感じる年でした。
しかし、体験者の方々にお世話になったのは変わりません。大変ありがとうございました。
保存の会を応援してくださる皆様、今年も1年ありがとうございました。
当ブログを応援してくださる方も、ありがとうございます。

来年もよろしくお願いいたします。
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後で思ったことを先に書いていましたが、学校現場向けのアプローチとして提案したことを。
「平和の礎」読み上げを、全国の学校に紹介すること、です。
第1回の読み上げで、いろいろな学校や、生徒のクラブ活動のようなところが、グループ参加していました。
2回目からは、特に沖縄の学校の参加は増えると思われます。
読み上げをした後、平和の礎で課外授業のようなことを生徒主導で行ったという話もありましたので、これは広がりのある活動なのだと改めて思います。

「平和の礎」読み上げを全国の学校に、と考えると、展開の仕方はいろいろあります。
普通に、学校の所在都道府県の名簿の読み上げに参加する、というのが1つ。
各都道府県に戦没者はいますので、そこから入るのが一番シンプルです。
ただ、当然ながら、各都道府県の学校の生徒の数より、出身戦没者が少ないです。1校の生徒数より少ない県もあります。
今の「平和の礎」名前を読み上げる集いに参加するのには現実的な方法ではありません。実は。
そして、やはり自分の都道府県の分だけを読むというのでなく、沖縄県内の名簿も読んでこそ、と思います。

戦没者名の読み上げ、というところを活用して、各都道府県、特に学校所在地あたりの、大戦全般の戦没者について読み上げをする、という展開も1つあり得ます。
地元の戦没者を追悼するというのは、普通にあってしかるべき活動です。

その辺踏まえて、「平和の礎」の名フリ活動についても、併せて紹介したらいいと思います。
読み上げにあたって、名簿に書かれた方がいつどこで亡くなったのか、何歳だったのか、といった情報があると、その人が生きていたこと、その命が失われた状況を、より強く感じることになります。
各地にある慰霊碑、忠霊塔などについて、調べてみるという視点もあり得ます。
個人情報の問題がどこまでクリアできるのかというのはありますが。
身内に戦没者が出ている家庭で、その情報を調べる方法を知るのも、意味があるでしょう。
役所に軍歴表を照会するなどというのは、もはや小中高あたりの生徒には権利がなくなってきている時期で、場合によっては親、祖父母の力も借りて調べてみるという経験も大事です。
個人情報だからこそ、ググれば出てくるものではないので、それぞれ自分の家だけの記録を探すという、調査能力を伸ばすきっかけにもなりそうです。
そういう情報にアクセスできない家庭状況のこどもには配慮が必要になるのでしょうが。そういう場合は、地域の慰霊碑の成り立ちや、戦争全般のことを分担するといいのかもしれません。

それぞれの地域に関連する戦争の一面を調べる、という方向に展開するきっかけとして、「平和の礎」読み上げと、それに関する調査が、学校向けの題材になるのではないかと思い、提案した次第です。
ふつうにこども向けを考えるなら、自分たちの当時を振り返ってみるのはまず基本でしょう。一般的には。
逆説的ですが、こどもたちに向けて、と考えることは、過去を考えることでもあります。
「戦場体験まんだら」の形が決まる前、「見たい展示になっていない」ということで、いくつかの案に難色を示したメンバーがいましたがが、それは、現在の自分が見たいかどうか、という視点で考えたということですね。
自分が見たいかどうか、は大事なポイントです。
それを少し発展させて、小中学生ぐらいの自分が興味を持ちそうなものを考えるのは1つかと思います。

保存の会メンバー、そのころからすでに戦争の話に関心があったりするので、それに合わせたとして世間一般的に受けるかどうかはわかりません。
しかしまあ、世間一般に受けることを選ばなくてもいいような気もします。
むしろ、世間一般からいくぶん外れて、本性(?)を出したままだと浮いてしまうタイプが、安心して近寄れるものを目指すのもありではないかと。

私自身が、小学生の時から戦争のことには関心があったというか、それを考えることを避けて通れないと思っていたタイプです。
小学生の時に、出来立ての対馬丸のアニメ映画上映が学校の講堂でありましたし、翌年は『この子を残して』でした。
戦争関連の課題図書で感想文を書くこともありました。
それらの映画や本を題材に授業が行われていましたが、同級生他一緒に上映を見た児童は、映画の中のセリフや曲を真似して遊んでいるのばかりでした。
その中で、ど真ん中に映画の衝撃を食らって考え込んだ自分は、そのことを周りに言える状況ではありませんでした。
家族ともそういう話はしていませんでした。
インターネットなどない時代、本屋も歩いて行ける範囲にない(車でも遠い)場所で、学校と家がほぼ自分の世界のすべてでその状況は、けっこうきつかったです。
正直、宗教に走りかねない(けっこうぎりぎりまでいっていたかもしれない)予備軍でした。
そういうこどもが、自分で大丈夫なところを判断できるのかどうかはわかりませんが、まじめな話をしにくい世界で、まじめな話ができる場があったらよかったのかもしれないと思います。

というわけで、過去の自分が戦争の話をできそうな相手、場を考えるのは1つかもしれないと思うわけです。
学校現場とは別の話になりますが、あえてごりごりの保守の田舎近辺で何かやってみるのもありなのかもしれません。
まあ、今のこどもは、けっこう広い世界を生きている可能性もありますが。
どこにでも多数派と少数派はあって、戦争関連のことがまじめに刺さるタイプは、たぶん少数派だろうという気がします。
来場者が見込めるかとか、ある程度内面をさらすので個人情報的にどうかというのはありますが。
「あのころ私が出会いたかったかもしれないもの」をテーマにイベントなどやってみる余地もあるのかな、などと思います。

関心を持っていない層に伝えることが必要なのはやまやまですが、関心を持っている層を応援するという考え方もあるのでは?という話です。
先日の忘年会で、今後の企画について考える中で、保存の会はどこをターゲットにするのか、といった話がありました。
大戦の話を伝える難しさを前に、どうしたものかと思案しているわけです。
世の中の関心、というところから、学校現場の話になり。
最近は学校でも戦争の話を扱うのはさらに難しくなったようで、教科書に載っている『ちいちゃんのかげおくり』以上のことを、先生たちも扱えなくなっているというのを聞いたと誰かが言いました。
それは、先生たち自身が、戦争のことを知らないし、どこから取り組んでいいかわからないからではないか。
では、保存の会は、学校に入って生徒に伝えるというより、むしろ学校の先生向けを考えるべきでは?という意見が出ました。

保存の会、以前、立命館大学で特別授業をやらせていただいたことがあります。
大学生になら教えた実績ありです。
高校生の部活動が、保存の会のパネルを使って沖縄戦展を企画したこともあります。
ゴールデンウイークの展示では、先生が生徒たちを連れてこられたことがありました。内容がマニアックだったのもあり?理解が追い付かなさそうな空気もあったようですが、質問など見てもとても熱心でした。
高校から保存の会の活動に参加したメンバーもいます。

教育現場向けに提案できるのではないかと思われる案件も出しましたが、それはまた改めてにして、今日はそれから思ったことを書いておきます。
大学生向けを考えればいいのでは?
実績があるというのもありますが、教育学部の学生だったら、将来の先生だからです。
先生向けを考えるのなら、教育学部の学生向けを考えるほうがスムーズな気がします。
教育学部に限らず、文学部や社会学部、工学部などでも、琴線に触れることはあると思います。単純に卒論テーマとしても、大戦のことを扱う学生はいます。それもよいことですが。
大学生本人向けであるとともに、その学生が数年後に生徒に教えるときに参考になることを考えてみるといいのではないでしょうか。

高校生に関しては、自分の将来を考えるときに、指針になることもあるかもしれません。
先生になろうと思う生徒がいるかもしれないですし、歴史のことをやろうという生徒がいるかもしれません。政治家を目指す生徒、国際的に活躍したい生徒も、大戦のことに触れておくと視野が広がると思います。
高校生が考える少し先の未来、を意識した場合も、大学生向けを考えておくと、うまくいくのではないでしょうか。

いやいや、そんな簡単にはいかないでしょうけれども。
保存の会のボランティアとして活躍することを期待するのとはまた違う形で、大学生対象を考えてみるといいのでは?
児童生徒に伝えるのなら、先生の役に立つものを考える。先生の教材を考えるなら、先生の卵に注目する。
未来を担うのはこどもたち、というけれど、それは先生の卵である大学生の未来を考えるということでもある。
自分でなんか、「おお、これは!」と思ったので、忘れる前に書いてみました。
一昨日、忘年会の中で、証言映像を見る企画の当面の予定を確認しておりまして。
4か月ごとを1単位ぐらいにしてあらかじめ予定を立てるようにしたほうがいいね、と事務局長が発言。
では4カ月に1回ぐらいは展示付きでリアルイベントにするのかと聞いたら、いやいやそれは大変でしょうという返答が事務局から返ったのでした。展示をそんなペースでやっていたら、史料館の整備はできなくなる、と。
でも、リアルイベントやるなら、展示もやるでしょう?規模はともかく、何かしら展示物は用意するでしょう?と畳みかけたりなどしました。
展示については、2023年の後半に大きい展示会をやりたい(テーマもこれというのがある)というのが事務局次長の意見としてあり、それに力を注ぎたいようでした。

しかしですよ?
○ゴールデンウイークごろをめどにリアル茶話会をやる、としたら、たぶん展示もやる。
これは、茶話会に出てこられる体験者の方が限られるので、展示もないとイベントとして厳しいのでは、ということでもあります。
○6月は沖縄戦をテーマのイベントで、展示はやるのが前提
○11月~12月ごろ大き目の展示会をやる
としたら、年3回展示やりますよね?

そして、
○ゴールデンウイークごろ(5月)をめどにリアル茶話会をやる
○6月は沖縄戦をテーマのイベント
○夏ごろ(7月)、徴兵と兵事係の回(映画『大本営最後の指令』を上映したいので、リアルイベントになる)
としたら、3か月連続リアルイベントになりゃしませんか?

8月は、もうちょっとオンシーズン的なテーマになりそうだし、シベリア抑留名簿のZOOM読み上げもあるので、徴兵と兵事係は7月かなと思っているのです。いや、『大本営最後の指令』はまさに終戦の日ごろのことなので、8月のほうがいいという考え方もまあありますが。

リアル茶話会が4月になったとしたら、3月の総会とセットの回で2か月連続リアルイベントになります。
あくまで総会メインで、リアル参加は身内がほとんどですけど。

結局、かなりぶっ続けで配信付きリアルイベントをやるし、だいたい展示もセットということに、自然になるのでは?
もう構造的にそうなんですね。あきらめて、年の半分以上はリアルイベントという心の準備で臨みましょう。
個人的には、なんか、話し合いの場であえて言わなくてもよかったかな、という脱力感を感じております。