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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
昨日の文章は、かなり支離滅裂というか、文を追加するところを間違っているかんじで、流れがおかしいと、読み返して思いました。
一応、投稿前に読み返すのですが、眠気が限界でだめでした。服薬に伴う眠さなので、そのくらい眠くないと困るのかもしれませんが。
状況は違いますが、健康面はもちろん、判断力の面でも、睡眠削って極限状態になるのはよくないと、改めて思います。

「平和の礎」読み上げですが、今週末の会議、あるいはもう1回開催して、現在の実行委員会は一旦解散、来年またやるのであれば、改めて実行委員会を組織することになります。
なので、次回こうすればいい、というのは、新しい実行委員会で、というのが筋で、今回は振り返るだけのほうがいいのかとも思いました。昨日はそれで、とにかく振り返りで全部出しきるべし、と繰り返しているのです。
しかし。来年またやるのであれば、もう今から日程を逆算してスケジュール立てて動き出す必要があるはずで。
自分が振り返ったことについて、こうしたらどうかと思うことをやはり書くことにします。

要は、ちゃんと機能する締め切り設定をしようということです。

今回、初めての企画で、最初は読み上げの規模を決める、という話をして、そのために第1次締め切りを設定していました。
第1次締め切りでの参加者の集まり具合を見て、どのくらいの名簿を読み上げられるかを予測しようということでした。
締め切りを迎えて、半分ぐらいはいけるのでは?という感触でしたが、沖縄の実行委員メンバーから「やはりすべて読む方向で」という声があり、様子を見ることになりました。
そういうかんじで第2次締め切りを設定。事務局は、そこまでには規模が決まると考えていたようで、24万人余りを読むのは難しいのでは、というまま2次締め切りを迎えたように思います。
その間に、大きく参加者が増えるポイントがいくつかあり、読み手はけっこう集まってきました。並行してご遺族や出身地の読み上げ希望の方への名簿割り振りと配布を行っていた事務局は、すでに手いっぱいになっていました。
2次締め切りまでに申し込みをされた方の枠を決める電話をしているそばから、すでに埋まった枠や名簿を希望する人を含めて参加申し込みがあり、さらに実行委員が「次はこの名簿をちょうだい」「申し込もうとしている人がいるけど、まだ決められないらしい」「うちはこの枠よろしく」と言ってくるので、想像したくない混沌となりました。

問題は、2次締め切りまでに、絶対枠を決めておきたいはずの参加者の申し込みが間に合わなかったことです。
特に、実行委員がお誘いをかけた人、グループがここまでに申し込みしていなかったのは大問題だと思います。

初めての企画で、広報が間に合わなかったのは仕方ないでしょう。この点は、次回はそれなりに解消されるはず。
全ての名簿を読むのは確定なので、今回の1次締め切りにあたるものは不要です。
必要なのは、今回の2次締め切りにあたるものを機能させること。

「この時間はこの名簿を読む」というのを、できる限り早く確定させることが肝で、そのために締め切りを設定すること。

いきなり礎の頭から、というのは現実的ではないので、最初は、読みたい名簿と時間帯の希望を出してもらいます。
読み上げ可能な日に全てチェックという今回の形でなく、特に希望する枠3つぐらいと、ここはダメだという日程すべてを出だしてもらう形で。
希望通りにいくとは限りませんが、時間割を組むための目安は必要だと思われるので。
締め切りまでに申し込みがあった分について、できるだけ希望をかなえるように時間割を決めます。
特に、読みたい名簿のある人の希望する時間をまず埋める。→同じ地域は固める。という感じで、時間帯と名簿を固定。
読みたい名簿の指定はなく、時間帯だけ希望の方は、できる限り希望する時間の中から枠を決めます。

学校などは、制限が大きいと思うので、特に早めに参加希望を出してもらい、併せて授業の一環として組み込む手続きをしてもらいます。
今回、名桜大学が、土日の日程のほとんどを押さえていましたが、早めに企画が決まっていれば、むしろ平日の授業の時間に組み入れるのが有力になると思います。今回は、年度が始まるころに企画が始動したため、土日に特別授業を組むという対応にせざるを得なかったでしょう。今度は来年のカリキュラムを組む段階に間に合えばと思います。
小中高は、平日の授業のこの枠内で、というのが明確にあるので、それも先に組み込みます。学校の所在地の名簿を、という希望になるかと思われるので、そこも時間帯と名簿を固定します。

一般申し込みと学校関係を同じ受付期間にするのがいいのかは、なかなか難しいです。今度は参加したいという学校がけっこう出てくる可能性があり、それで枠がほぼ埋まるとしたら、一般参加者の選択の余地がものすごく限られそうで。むしろ今から、全学校に「参加したいですか」と聞くべきでしょうか。
ホストと実行委員をやるということで、先に枠を確保できる形にするのもありでしょうか。

ともかく、締め切りまでの申し込みを参考に、時間帯と名簿を固定。
時間のみ希望の方の場合は、時間調整した時点で、読む名簿が決まります。
みんな読みたい名簿と時間帯を書いてきた場合、けっこう被ることもあるのかもしれません。
その名簿を読みたい理由を書いてもらったほうがいいでしょうかね。

締め切り以後は、どの時間はどの名簿かという名簿を公表して、そこからは枠指定で申し込みをしてもらうようにします。
チケット販売サイトのように、枠を指定して先着順で申し込むかんじで。
申し込み完了すると、その時点で枠と名簿が決定。名簿送付時に、諸々の説明も一緒に送付。
この形だと、締め切り以降は純粋に先着順、ということになります。予約完了すると自動的に枠がsold outになるのが前提です。
あまり細かな希望を聞けない代わりに、名簿を送るのが間に合うぎりぎりまで申し込み可能となるかんじです。

と、書きながら、自分でいろいろと心配なことがわいてきました。
ネットを通した申し込みはリアルタイムで反映されるけれども、ネットを使えない方からのFAXや電話での申し込みは、かぶっている率が上がるだろうなあ、とか。
読みたい名簿がある人にはとにかく締め切り前に申し込んでもらう、というのに尽きるということか。
締め切り後に、どうしてもこの名簿が読みたいというご遺族の方が出て、その枠が埋まっていた場合は、別の枠を取ってもらい、撮った枠の名簿+該当する方分のお名前を読んでもらうというのでどうでしょうか。
該当するお名前は重複して読まれることになりますが、そのくらいは目くじら立てなくてもいいのではないかと。
基本的に、30分500人の枠単位で取ってもらい、追加で読む分がある場合は意識してやや巻きで読んでもらう。1人で500人が厳しい場合は、当日自分で助っ人を呼んで分担してもらう。
締め切り後に気づいて時間割を見たら、自分の読みたい名簿の枠は埋まってはいないけど仕事がある日だった、という場合は、その時間帯だけでも仕事を休むことを考えていただきたいです。
そういう線引きも、締め切り前後でやったほうがいいのではないかと思います。今回、特に本番が迫った時期には、そういう覚悟を決めて申し込んでいただいた方もけっこういらっしゃったと聞きます。

申し込んだ人が本番で現れないとか、妨害目的で申し込む人がいるかも、というのも浮かびましたが、それはどんな形でもあり得ることなので、今日はおいておくことにします。

書きながら自分でつっこむポイントが浮かぶぐらいなので、実は穴だらけの解決策なのかもしれませんが、ひとまず出しておきます。
これも、もうちょっと提案書的に整理して書くほうがいいのでしょうけど。フローチャートにするとか。しかし、まずは思ったことを出力して、形を整えるのは必要に応じて後ほど、といたしましょう。
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前の記事でいろいろ言っていますが、結局のところ、イベントやっている間から、これは次も同じようにできるのか?ということを考えていたのです。
誰かが限界を超えて無理をしてできたとして、もう1回同じようにやれるのか?続けていけるのか、ということです。
保存の会の活動は、コロナ前、毎年膨れ上がっていっていました。
忙しいが毎年更新されていくような状況で、それを5人程度を中心として、イベントのときには手伝いに来てくれるメンバーの協力を得て、やり切っており。
その延長のようなかんじで、「平和の礎」読み上げ企画に突入してしまった面がけっこうあると思います。
他の団体などが中心となるイベントのスタッフとしての参加も、シベリア抑留者名簿の読み上げなどで経験はしていたでしょうが。正直、シベリア抑留者名簿の読み上げの時点で、相当無理をしていると思っていました。中心となるところが、時間割の管理や広報など、事務的なところも含めてかなりきっちり担っていて、それでも大変だったのを見ています。
単純に名簿の人数にしてその4倍ぐらいの規模のイベントをやるのに、あらかじめ作業を分担できるように条件をつけることもできずに突入して、よくやり切ったな、と本当に事務局に対して感嘆しています。
最初から一線引いた自分が言える立場でもない気がします。
ただそこは、はざまにいるからこそ見えることもある、ということで。

やり切れてしまった、ということに、むしろ不安を感じています。
他の人では、たぶんできないことを、冗談抜きに命の危険もあり得る過重労働でやり切って。世の中には「過労死」という言葉があります。
しかし、何がどう大変だったのか、明確に共有されておらず。

今回やったような細やかな対応が、次もできるのか。
いきなり今回すべての要望に応えるようなやり方で、来年もやれるのか。「去年はやってくれたのに」と言われることに、対応できるのか。
1回目に、とにかく最大限を見せることが必要な面もある。初めての企画だから話題になり、そこから継続への道が開けるものでもあります。

現実的なのは、次はこうやるという形を落ち着いて考えること。
それには、今回の準備~本番の過程をとことん洗い出さなければならないと思います。
今回これだけの作業をして、これだけのことを成し遂げた。次回も期待されると思うが、次は別の人にまかせたい、と言った場合どうなるか。
もしまた自分たちがやらなければならない場合に、犠牲の小さいやり方を話し合えるのか。

判断するには、とにかく話し合いの中では、全て見せる必要があると思います。
やったことのすべて、かかったお金や時間のすべて。やりとりをしたすべて。どのように進んだかというタイムライン。
すべてつまびらかにしないと、次回の計画に生かせないはず。

初めてのイベントというのは、華やかに盛り上がるとしても、次回の肥やしになるものとして見る必要があり。
そうすると、かき集めた「部品」を丁寧にチェックすることが必要です。
できる限りみんなで、作業のすべてを共有するのを根気よくやるしかない。
みんながみんなそれに向き合うわけではなく、現実を見て距離を置く場合もあるでしょう。私がその部類です。

振り返りの会議で、思いのたけをぶちまけるのも1つではあります。
うっかり空中分解する可能性もありますが。
それ以上に、仕事量とかかったお金は事実として共有する必要があります。
次回以降のために。

乗り気のしない、不正確な名簿のフリガナフリをしながら、ここが底であり、これから育つ企画であってくれれば、という思いを持っていた話もしました。
今回の苦労も楽しかったことも含めて、全て見せてまとめて、次につなぐ。
具体的で建設的で、誰かの犠牲に甘えすぎない意見を導き出すために、まず現状を知るべきでしょう。

EXCELを使える人、かつ事務を任せることができる人など、どういう人が必要かとなったら、そういう人材を探すことが必要ですし。
今回事務局の1人がやったことを、もっと分担してやる方法を考える必要もあるでしょう。

とにかく、どんぶり勘定ではなく、全部出す。
そして、お互いのやったことを落ち着いて評価する。
まずはそこからかなと思います。

育っていく企画を、といいながら、参加者ぐらいの立場の方々をビビらせるようなことを言っていますが。
現状を見て、自分が作業を担うことを想定しながら、共有された作業の全体像を眺めて考える機会が持てるでしょうか。

そして、今年本気で大変だったメンバーは、次回どうするのか。
まずは、落ち着いてまとめを作ってほしいと思っています。実行委員会全体に。
ワークブックのようなものがほしいな、とちょっと思った瞬間でした。
沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集いの、実行委員ではありませんでしたが、保存の会ボランティアとして、実行委員会の会議にはだいたい参加していました。
それで、事務局メンバーが何故いっぱいいっぱいなのかも、だいたいはわかっており、途中で時間割のEXCEL表のひな形を作ったりもしました。
事務局からは、会議のたびごとに名簿を刻銘者500人一コマで表した表などで、読み手の埋まり具合はなんとなく報告を受けており、また、グループ参加も参加時間帯を含めてメールが回っていました。が、それを見て、当ブログに状況報告を書こうとして、状況をまったくまとめられずに混乱したので、自分が状況を把握できるようにというのもあって、本番の期間を30分毎に区切ったEXCEL表を作り、メールで流れてきたその時点でのベタ打ち情報を反映させるようにしました。これが5月15日の実行委員会1時間前です。
最初は、6月11日(土)~23日(日)で仮に表を作りましたが、まだ13日(月)スタートかな、という雰囲気でした。
12日(日)からというのが決まったのは、2次締め切りだった5月17日(火)ごろだったかと思います。
土日が18日(土)19日(日)がほぼ名桜大学の日程となっており、一般申し込みの方が入る余地がいきなりまったくないような状況だったので、もう1つ団体が土日希望してきたのもあって12日(日)をつけることになったのでした。
この時点で、グループ参加の大口には名簿を配ってフリガナふりを始めてもらっており、基本的にはフリガナふりをした名簿をそのままそこが読むという形でした。
一方で、ご遺族など、どうしても名簿のこの部分を読みたいという方々について、その部分を含む名簿を探して発送するのを並行してやっていたようです。
それが大口のところが持っている名簿だった場合、差し替えをお願いするメールが回っていました。
この時点で、名簿を切り分けるのに、事務局メンバーがキャパオーバーしていました。
読み上げする名簿の地域をランダムにするような話になったため、時間も名簿も定まっていない状況で、参加者はどんどん集まりだしていました。
18日に、難易度高すぎると、私が当ブログで騒いで、自己完結しています。
難易度高いのは確かなのだけど、無駄に困難になっているところがあるな、と思ったのです。

そこが、事務局と自分の感覚の大きなずれの2番目でした。
私は、2次締め切りの時点で、これまでに決まっている時間割をもとに、どの枠にどの名簿を読むかをここで決めると思っていたのです。そして、ここまでに申し込まれた方について時間調整に入り、時間調整すれば、名簿も自動的に決まると思っていました。
大口のところが押さえた分以外の名簿について空いている枠に割り振る。その際、ご遺族の名簿とつながっている地域を固めるなどして時間と名簿を紐づけるだろうと。
申し込まれた方との連絡が、メールではほとんど返事がないため電話で調整するという話になったとき、電話かけを分担してくれる実行委員が1人しか名乗り出てくれなかったので、ものすごい作業量になったのは確かです。(私などは最初から辞退していました。)
しかし、電話かけ作業を始める前の期間に、どの時間にどの名簿を読むというのを割り振らなかったのには、本当に自分の感覚とのギャップを感じました。割り振ったほうがいいのでは?という話は2回ぐらいしたのですが、結局、やっていませんでした。割り振る余裕さえない、という様相でしたが、私は、なんなら一度2~3日新規申し込みを止めてでも、時間割を組んで、すでに申し込みをされた方への割り振りを済ませるべき、と考えたのでしたが。
一旦これまでのところで時間を決めて、あとは空いた枠を指定して申し込んでもらうようにしないと無理だから、そうするだろうと思って、ブログにも書いていました。
なので、けっこう私が書いたことと、実際の進行とがずれています。

私の感覚としては、締め切りというのはかなり重要な意味をもつものだと思っています。
実際にはしゃくし定規にやるのでなく、融通を聞かせるものであるのは前提としても。締め切り前に申し込みをされた方は優先すべきで、希望が重なった場合は、最後は先着優先でやるのが礼儀であると思っています。また、そうしないと混乱をきたし、後からの申し込み対応にも支障が出て全方面に手間が増えるものです。
本番までの期間がぎりぎりのときは、ほんとうに間に合わなくなるかもしれない瀬戸際になります。(とはいっても、できないという選択肢はないので、ズタボロでもなんでも、とにかく本番はやるわけですが。)
この辺は、学生時代の学園祭実行委員会などの経験や、不安定労働者でいろいろな仕事をした経験から、たぶん自分の中に定着していて、ときどきそういうものだという思い込みも発生するのだと思います。

開始の日がなかなか決まらなかった、というのは、確かに影響しているのですが、決まった後も、事務局メンバー自ら、ひたすら難易度を上げ続けている気がしました。
もちろん、できる限り全員に対して、「この名簿を読みたい」という希望に応えた努力には驚嘆しますし、それが「参加してよかった」と思っていただけることにつながったのは間違いないでしょう。
参加者の方々にも、その辺ご理解をいただいて、なかなか名簿を送り切れなくてもむしろ応援していただくことがほとんどだったということなので、早いうちに申し込んでくださっていた方は神様のようだと思います。それがなければできませんでした。

どうも、名簿はコマ単位できっちりやり、時間割も決めたほうがいいと、終了後に事務局メンバーも改めて考えたようです。正確にどう考えたかは、聞いたと思うけれども、やっぱりまとめられないのですが。
そううまくいくものではない、というのもわかるけれども、なぜうまくいかなかったのかは、もうちょっと詳しく知りたいです。落ち着いたらまとめてほしいです。

終了までは、状況が見えなくて手伝うに手伝えないし、情報をくれともいえないほど事務局が鬼気迫っており、代わりに状況説明することもできず。なんとなく様子を見てやってはいたものの。
この辺、私が一番ハラハラやきもきしたところです。
自分が正しいとは限りませんし、ここに書いたことについて否定意見もあるだろうと思います。
それも含めて、ともかく、保存の会のボランティアとして考えていたことを、書き出させていただきました。
もうちょっと、タイムラインを添えて見やすく書ければいいのですが、ともかく書き出した次第です。
昨日、沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集いに読み上げ参加した感想の中で、企画にあまり乗り気ではなかったと書きました。
その辺について、補足しておこうと思います。

戦没者の名前を読み上げるという企画で、正確なフリガナがないというのでは、企画として成り立たないだろうというのは、最初から思っていました。
沖縄県のもつ「平和の礎」の名簿次第では不可能だと言っていましたし。
実際取り寄せてみると、「姓のほうだけは正確なフリガナがある」という、なぜそうなった?と思うようなもので。
普通、名のほうが個人の証として重要だろうと思うので、その時点で、少なくとも今年の6月23日までにできることではない、と思いました。
実行委員会でも、これまでに名簿を調べたことのある人ほど、今回は正確にわかる範囲に絞ったほうがよいのでは?という話をしていました。

とはいえ、沖縄戦でこれだけの犠牲者が出たということを示すために、やるなら全員の名前を読み上げたいということについては、それはそうだろうと私は思っていました。
そして、やるなら今年、という要素もいくつかありました。
今年が沖縄の本土復帰50周年であること、秋に「世界のウチナーンチュ大会」が予定されていること。
第1次締め切りをもとに読み上げの規模を決めるということになっていて、「やっぱり今は全員分読むことで進めていきたい」と言う意見があった時点で、私は「全員分読むことになるのだろうな」と思いました。
その辺、保存の会事務局メンバーと一番感覚が違ったところだったと思います。これはまあ、明確に違ったのを認識したのは、全て終わるころでしたが。
イベントの終わりは6月23日の平和祈念式典開始前までというのは決まったものの、始まりはいつかはなかなか決まりませんでした。
事務局メンバーは、その原因を「読み上げの規模が決まっていないから」と認識していたのだと、準備期間中にもそういうやりとりがあったけれども、終わるころに改めて「そうだったんだ」という感じがありました。
2次締め切り後なかなか時間割が決まらなかったのにも、それが関係しているように思います。

ともかくフリガナふりをしようということになったときに、EXCELの機能を使って自動でやったらどうかという提案をしたのも私です。
正確な読みを知りようがない現状であれば、今はそこに時間と責任を使うより、24万人余りを読み切る運営にそれを振り向けるべきだと考えたからです。
参加者に、苗字にしかフリガナのない名簿を渡すのは絶対に避けねばならないと思いましたし。
いずれにしても、どういう根拠でフリガナを振ったのかの説明は行う必要があるというのも、ほぼ最初から事務局とのやりとりで書きました。自動機能を使用するというのは、1つの合理的な説明になり得るとも考えました。
自動でEXCELが「標準的」とみなす読みをつけるのなら、それはそれで公平だろうと。
その上で、そのことを記者会見でも出し、広く広報して情報を募り、ご遺族の方など、本当の読みがわかる分については直してもらうようにして、だんだん正確な名簿にしていけばいいのではないかと。
読む規模を限るのでなく、不確かであることを示し、刻銘者にお詫びをしつつ、これから繰り返すうちに正確性を育てていく方向を目指すのがいいのでは、と提案したわけです。
実行委員にも名を連ねていないのに会議で発言しまくっているのは微妙ですが、間に合わなくなるのは見たくありませんでしたし、今はギリギリセーフかどうかのところから始めて、回を重ねて常に情報を集めながら育てていく企画になるのも成功なのではないかと考えて、いろいろ言ってしまいました。
ただ、会議では、士気が下がるような発言はしなかったつもりです。その分、事務局メンバーがそういう発言をするしかなかった面もあると思います。(事務局メンバーもほぼやっていなかったと思いますが。)

情報を募ってこれから育てていく企画と考えたところで、とにかくできる限り広く伝えることが必要と考え、自分も参加するべきなのだろうと思いました。
EXCELの自動でどう見てもおかしいものがどの程度なのかも、事前に見ておく必要があるとも思いましたし。
EXCELの自動機能を事務局でさらにある程度修正していましたが、それでも3割程度は直せていないだろうという話で。そこまでやっているなら、それが無駄にならないよう、残り3割程度に正確かどうかもわからない修正を重ねる覚悟をしました。
それでフリガナふりをやったところ、読み上げる前にいろいろと考え、思い入れることになり、こういう経験も貴重かもしれないと思いました。やってみて大変だったり、心が動いたりというのを、体験してみてほしい気持ちがあります。自分がフリガナを振っていいのかという葛藤も含めて。

ともかく、イベントをやり切るめどが立ち、なんとかやり切ったことで、改めて県が都道府県に働きかけて調査を行う可能性も出てきたようで。
ぜひそうなってほしいと思います。
そうならないとしても、全国、全世界にこのイベントのことが届いて、正しい読み方の情報が寄せられることを、切に願っています。
沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集いに、読み上げ参加した感想を書きます。
保存の会ボランティアですが、読み上げへの参加については、ほぼ個人参加と同様の状況です。
一応、企画開始当初から、出身県の分の読み上げを打診されてはいました。
私は、名前の正確な読み方がわからないのに読むのは、戦没者の名前を読み上げるという企画として根本的にダメだろうと思っており、正直今回の企画にあまり乗り気ではありませんでした。
しかし、保存の会事務局メンバーの疲弊ぶりを見て、協力しようと思いました。
なので、読み上げに参加するのを決めたのは、2次締め切り以降です。
ともかくフリガナをふるから、合間で名簿を送ってほしいと言っていたら、送ってくるまでに1週間ほど要しました。
本当に手が回っていないのだなあと感じました。
どうやら、一般参加者のみなさんも手が回らないは感じ取られていたようで、事務局メンバーを心配していただいていたというのを、準備中から本番中まで、何度も聞きました。

受け取ったのは、EXCELの自動フリガナふり+事務局メンバーによる修正で、仮のフリガナを振った状態の名簿のEXCELでした。
早くから申し込みいただいた方の中には、その作業もできていないものを渡した場合もいくらかあるようで、その点では自分は恵まれた状況でした。
直さずに読む、というのも1つではあるのですが、企画の方針として、どうみてもおかしいところは事前に直して本番に臨んでもらうようにというお願いがなされていたので、それに従いました。
自分の受け取った名簿は1031人分。
全て目を通しながら、どう見てもおかしいところを修正するのに4時間程度でした。
もっと短時間でいけたと思うのですが、同じ名前は同時に直そうとして検索をかけたら、本来直そうとしたのはどこだったか見失うということを何度かやらかしてしまい、また最初から見直す羽目になって、時間を食いました。
フィルタを設定して見たりもしたのですが、なぜかそれではうまく検索できず。
パソコンを選ぶ表だった?のかもしれません。
あとは、名前に使われる漢字検索をして、人名の読みにするのが難しい組み合わせがあると、そこで20分使うというようなこともありました。
複数の読み方がある漢字について、どちらだろうか、どれだろうかと迷って、少し前の同じ漢字の読みを参照したり。

難しい組み合わせの漢字の並びを見るときなど、特に、この人の親はどういう考えでこの名前をつけたのだろう?と思いました。
キラキラネームとは違った方向で、こだわりがあって難しい。
死亡事故のニュースなどでキラキラネームを見ていたたまれない気持ちになることがありますが、それに近い感覚だったかもしれません。
そうこうするうちに、自分が名前をつけている気分になってきて、「君死にたまふことなかれ」が頭をよぎりました。
「人を殺して死ねよとて~」というあれです。
人を殺して死なせるために、こうやって名前をつけたのではないのだろうにな、と。
沖縄県外の兵士なので、中にはやむを得ず沖縄県民を害することになった人もいるかもしれず。
名前に込められた思いに、いろいろな面で反してしまうのが戦争なのだと改めて思いました。
県外の兵士だと、15歳より若くして沖縄戦で亡くなった方はほぼいらっしゃらないと思われ、そうすると、生まれて名前をつけられたのは15年戦争の始まるより前だったはずで。
戦争に勝つことを願う名づけは少ないのではないかとも考えました。
読み上げる以前に、この作業で、いろいろと考えました。

それで何度も名簿に目を通していたため、本番の読み上げは、シベリア抑留者名簿のときより、緊張感が少なめでした。
シベリア抑留者名簿のときは、間違えないように、巻くように、というので、自分が読んでいるときは、思いを馳せる余裕があまりなかったのですが。
全て、見たことのある名前であり、修正したところで、「ああ、この名前だ」と思ったりしながら読んでいました。
妙な感じの思い入れがこもっていました。

個人的に、よく見る映像ジャンルで、「名前を呼ぶ」とか、名前の意味とかいうのが、作品テーマにつながっていることが多いもので、より一層、名前を呼ぶことに関してこだわりがあることを自覚しています。
シベリア抑留者名簿のときから、「ご唱和」という言葉が頭を離れず、苦笑しています。なんなら、セリフや曲が脳内再生されます。
期間中、その番組がたまたま何度かトレンドに上がったりしたのでいっそう。
関連して、この企画について文章を書いているとき「なまえ それは もえる いのち」という曲の一部が頭の中をヘビロテしますし。
それで余計に、名前を読み上げることについては重たい気がしますし、不正確な読みをしたくないと思っています。
とはいえ、フリガナを振る作業をしたことで、名簿を読み込むことになったのはよかったと思います。
もっとちゃんと調べる術があるなら、ちゃんと調べていければ、それがいいし、もっと思い入れも強くなるのでしょう。
フリガナ振りについては、今後は沖縄県を通して各都道府県に働きかけていただきたいと思いますが、その上で、読み上げをする人には、ぶっつけ本番ではなく、事前に名簿に目を通すことををお勧めしたいです。

ということで、具体的に書きすぎて長くなり、失礼しました。