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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
2021年東京オリンピックの聖火リレーに合わせて、各都道府県での聞き取りやキャラバンの旅などを紹介するコーナー。
その32、石川県です。

32.石川県(聖火リレー:5月31日~6月1日)

石川県での最初の聞き取りは、2010年夏の「信州・北陸チームの旅」です。
この度で最初にお会いした方の証言映像は撮っていなかったようです。
9月2日
午前、志賀町でフィリピンの体験者の方に手記をいただく。
午後、金沢市にて、元飛行兵(少飛19期)の方との会食。
9月3日、金沢市にて
◎片岡茂太郎さん
戦地等:陸軍軍医。ニューギニア~フィリピン。
史料館・電子版分 https://jvvap.jp/kataoka_shigetarou.html
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-275.html

次は、2012年9月15日、「大学生1人旅2012夏休み」の一環で、石川県でもお1人のお話を伺っていました。
市町村名は記録できていませんでした。
◎杉本正雄さん
戦地等:ノモンハン。
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-1083.html

2012年10月の連休に、「北陸キャラバン」を行いました。
10月6日、加賀市にて
◎川潟光勇(かわかたみつゆう)さん
戦地等:戦艦大和
10月7日、金沢市にて
◎奥村多津次(たつじ)さん
戦地等:第9師団第9工兵連隊

最初の旅の中で、石川県のお寺の住職さん?が大戦当時皇太子(平成天皇)の先生をされていたような話を、メンバーから聞いたような気がしますが、記憶違いかもしれません。信州北陸だと、長野のほうが可能性高いですし。
また確認してみようと思います。
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WEB茶話会の合間にやっていたので、報告が後回しになり、忘れかけていましたが、5月23日(日)、拡大事務局会議を行っていました。
そして、話し合いの内容もだいぶ忘れました。あまり報告できません。すみません。
会議のホストがWEB茶話会の中継担当のため、かなりギリギリの進行。WEB会議ですが、会議の録画はありません。
私もメモをほとんどとっておらず。いや、覚えているうちに報告を書くだろうと思っていたのです。そこは今後に向けて反省しつつ、覚えている範囲で書きます。
議案書はしっかりしたのがあったので、それをもとにまとめます。

会議参加者は12名。
ほぼ沖縄戦イベントについての話し合いです。
○日程確認。
6月17日(木)に準備、18日(金)~20日(日)展示。19日(土)20日(日)にWEB茶話会パブリックビューイング付き。
6月12日(土)にプレイベントとして、ガマフヤーの具志堅隆松さんのWEB後援会開催。WEBのみ。
○参加できるスタッフの確認。特に17日の準備と、18日の展示会場。
ただし、コロナ対応の会場の条件として、スタッフ含む20名の定員制限あり。多ければいいというわけでもない。
一応、17日18日に入れるメンバーは確認しました。
○入場制限20名ということで、それをどのように制御するか、名簿をどう作るか。
20名分プレートをつくって、入場時にそれを渡し、退場時に戻してもらい、1度に入場する人数を確認する。
名簿は、記帳してもらう形ではなく、アンケートのような用紙に指名・連絡先を書いてもらって集める形に。
○感染対策
距離を保てるよう、展示物の間隔を空ける。
熱のある方、隊長のすぐれない方は来場されないよう呼びかけつつ、非接触型体温測定器を利用。
○展示内容
展示パネルは、これまでの沖縄の戦争展と大きく変えない。
地域縛りにするかという話もありましたが、わかりやすさという点では、これまでの形がよいと思われます。
配布資料のほうで、南部の地図と組み合わせたものを用意する予定。
6月12日のWEB後援会の録画映像を展示会場で流します。
6月19日20日のWEB茶話会の様子も、パブリックビューイング会場と併せて、展示会場でも生中継。
生中継以外の時間に、6月12日の映像を繰り返し流す形。上映時間は特に決めない。
具志堅さんの講演に関連するものをまとめて展示。(遺骨収容で出てきたものなど実物資料含む)
○WEB茶話会パブリックビューイングについて
会場内でWEB中継ができる部屋が確保できず、近くの民間の会議室を利用。
19日と20日で、確保できた部屋が違い、定員も違う。19日20名、20日30名。
こちらは事前申込制なので、昨年の実会場と同様、名簿を作成しておいてビューイング会場でチェック。

だいたいこういう内容です。
他に、地図をどうするのか、具志堅さんにどの辺を中心にお話をしていただくか、など。
基本的に、迷ったときは、沖縄戦をよく知らない人にもわかりやすいと思われるほうを選んでいます。

実は今日、チラシのデータが回ってきましたので、確認の上、正式にイベントの告知をします。
公式の告知文が回ってきたら、そちらを転載したいと思います。
2021年東京オリンピックの聖火リレーに合わせて、各都道府県での聞き取りやキャラバンの旅などを紹介するコーナー。
その31、福井県です。

31.福井県(聖火リレー:5月29日~30日)

福井県での最初の、というよりたぶん唯一の聞き取りは、2010年9月18日、「先遣隊改め殿(しんがり)」でした。
先遣隊改め、とあるように、最初はこの聞き取りが、夏の第1次キャラバンに先駆けて、全国キャラバンのしょっぱになる予定だったのでした。
残念ながら、日程が近づいてきたところで、体験者の方のご家族が病気になられたということで、2か月延期となり、第1次キャラバンの一番最後となりました。
ともかく、お話を伺うことはできたのでよかったと思います。そのまま流れてしまう場合もありますので。
2010年9月18日、池田市にて
◎村内甚之助さん
戦地等:陸軍。ビルマ~インパール作戦、イラワジ会戦、マンダレー作戦、トング作戦
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-232.html

鯖江連隊の資料館などもあり、体験者の方も多くいらっしゃるのではないかとも思うのですが、情報がないまま今に至ります。
まさかここまで機会がないとは思わず。
先遣隊が計画されたころは、キャラバン自体こんなに長丁場になる想定ではなかったのですが、長くなってなお体験者の方に巡り合えないというのはゆゆしき事態と言うべきでは?
コロナの終息とともに、新たな体験者の方との出会いを願う最たる県です。
2021年東京オリンピックの聖火リレーに合わせて、各都道府県での聞き取りやキャラバンの旅などを紹介するコーナー。
その30、滋賀県です。

30.滋賀県(聖火リレー:5月27日~28日)

滋賀県での最初の聞き取りは、2011年8月の「関西キャラバン第2弾」と「青春18切符の旅2011夏」でした。
青春18切符の旅の途中で大学生メンバーが合流しているというのか、むしろその度の一部を関西キャラバン第2弾と呼んでいるに近い形で行っていました。
8月22日
滋賀県平和委員会の方と情報交換。
◎トラック島警備兵。
◎福井佐兵衛さん
史料館・電子版分 http://jvvap.sblo.jp/article/187080602.html
戦地等:海軍。マリアナ沖海戦(瑞鶴)、沖縄特攻(磯風)
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-1449.html
大津市にて
◎海軍。マーシャル諸島。
◎陸軍。予備士官学校出身。野砲兵。
8月23日
◎田中善三郎さん
戦地等:陸軍。中国北部。
史料館・電子版分 http://jvvap.sblo.jp/article/187271375.html
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-1108.html
◎佐野岩男さん
戦地等:航空兵(整備)。内地。
当ブログ内 http://senjotaikenhozontabi.blog2.fc2.com/blog-entry-1109.html
◎陸軍少年飛行兵。
8月24日
◎満州(現役)~本土決戦要員として島原。途中予備士官学校で教育を受ける。

それから、2012年11月25日に「関西キャラバン2012秋」の中で滋賀県を訪れているはずです。
証言一覧ページを作っていませんでした。
近江八幡市にて
◎歩兵128連隊、曹長、ビルマ
滋賀県平和資料館見学もする予定となっていましたが、どうなったのだったか記憶にも記録にもありません。

この辺、だいぶ記録が曖昧なのが今更判明しております。
訪問した市町村名も書いていないという、兵庫と同様の状態。
真面目に、キャラバンの聞き取りリストを作らねばという気がしてきました。
最初はお名前を出さずに体験だけで記録しているので、なおさら何が何だかわからなくなるのです。
公開しないまでも、手元ではお名前、訪問地あたりまで記録しておかねば。
意外と、聞き取りの少ないところで記録の穴が見える結果になるものですね。
祖父の命日を振り返るのも12回目です。1年早いものです。
そして、干支を一通り集めてしまいました。フルコンプというやつです。
祖父は寅年生まれだったので、来年は生誕108年になるわけです。
いやもう死後ですので、一般的な誕生日のお祝いはないのですけれど、生誕○年、というのはよくやりますよね。
命日に生まれた年の話をするのも妙なものです。
生まれた年の話は、以前やった気もします。1914年、第1次大戦の始まった年です。
ちなみに、父は1941年、太平洋戦争の始まった年の生まれです。

12回も書いていると、さすがにもうネタもないので、そろそろ「実は祖父が戦時のことを話しているロングインタビューが発見されました」というような奇跡が起きないものかと思い始めています。
もちろんそんな都合のいいことはないのですが、戦友会の記録など、何かちゃんとしたのはないのだろうかとは真面目に考えます。
士官学校の卒業アルバムはあるのですが、かなりボロボロですし、祖父が写っていてもどれかわかりません。
士官学校を出ているので、軍人のときの記録はちゃんと残っているほうであるはずで。
しかし、部隊名で検索しても出てこないし、保存の会の顧問ともいえる人に聞いてみても、正確な部隊名ではないのでは、と言われたことがあるしで、記録にたどり着かなかったのでした。
もしかして、地元には何かしら記録があるのでは?とも思いつつ、このご時世、問い合わせるのも難しく。
戦時の記憶が多少はありそうな父親とも話す機会がない状況です。

そうこうしているうちに、失われていく資料もあるのかもしれません。
家族の中で大戦の記憶を継承できている家庭がそうそうないであろう中、地域の中で振り返ることのできる資料がどこにあるのかわからない状況になったら、もうその記憶は2度と出て来なくなるのでは?いや、すでに手遅れなのか?と、気になってきました。

かつては、兵事係が、兵隊に行ける村の人のことを完全に把握していたのであろうのに。
把握できているのも恐ろしいものではありますが、恐ろしいほどの記録がきれいさっぱりなくなるのも恐ろしい。
なんとか、そういう、地域に眠る元兵士の記録のようなものを掘り返す挑戦もしてみるべきなのではないだろうか。軍歴票を取り寄せた過程を書いたように、手掛かりを探す人に実例を見せてあげられるぐらいになるといいのだろうに。

自らの戦争の体験がきっかけで、大戦中の忘れられない出来事に関することを人生をかけて調べておられる体験者の方が多数いらっしゃるわけなので、本気を出せばもっと調べられることはあるのかもしれません。
保存の会の活動は、今お元気でお話できる方の証言を残すのが最優先で、それが今後自分のような人の役に立つこともあるはずですが。
自分のルーツにあたるものを調べるのは、老後の楽しみにすることになるのかなあと考えて、ほんのり気が遠くなりました。
祖父の生きた人生の半分を超えたところですが、これからでも遅くないと信じることにします。