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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
カテゴリをどうするのか悩むところですが、一応、先日の鹿児島茶話会の展示と証言映像上映に使った地図を掲載しておきます。
とてもとてもおおざっぱな地図です。

kagosimaoafu.jpg

鹿児島でのイベントなので、錦江湾で真珠湾攻撃の訓練を行ったという点については展示に使おうという話になり、テープ起こしをやり直しました。
城武夫さんのパネルは基本セットとしてあるのですが、その中で、鹿児島での訓練と真珠湾攻撃の部分の証言だけをもう少し詳しくした証言パネルにすることになり。
口調もそのままのテープ起こしの該当部分をピックアップしてみたところ、パネル1枚分にはどうにも収まらないし、訓練の部分だけをみると、1枚にするには少なすぎる。
ということで、訓練1枚、真珠湾攻撃1枚という構成にして、訓練部分の下にこの地図を入れて形を整えました。

オアフ島の地図を1つも入れています。
同じ縮尺のだけでよさそうなものですが、そうすると錦江湾に比べて真珠湾はとても小さくて、フォード島などあることが判別しにくいと思われたため、大きいほうも用意して、そちらに、証言に登場するカフクポイントと、城さんの担当だった第1次攻撃隊の雷撃部隊の飛行ルートを記載しました。
大きいほうの地図と鹿児島の地図を並べると、なんとなく飛行ルートが似ているように見えます。
しかし、本当は小さいほうのオアフ島で見なければならないので、誤解を生じそうな地図だなと、我ながら思います。

真珠湾と地形が似ているために訓練場所に選ばれた錦江湾ですが、湾の規模はだいぶ違います。
山を越えていくところや、水深の浅さが、似ているポイントなのでしょう。
作戦のルートなど、こうやって日本地図と並べてみると、規模感がわかっていいなと思いました。
もちろん、そういう作業をあらゆる証言についてやる余裕などまったくないので、やっぱりイベントごとにゆかりのあるものについて試みる余地があるかも、というぐらいの話です。

12月の浅草茶話会は思いっきり真珠湾攻撃の日に当たっていますが、再びこれが日の目をみることになるのでしょうか。
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来週、拡大事務局会議で、鹿児島茶話会の振り返りと12月の浅草に向けての話をするので、それに向けて、まとめと考察を公開でやっているところの当ブログ。
鹿児島で見えた課題を浅草でどう生かすか、どうせ考えるのならブログでやってしまおう作戦です。(考えるのと書くのを別々にやるとエネルギーが2倍かかるからという裏事情も隠しません)

鹿児島茶話会、イベント開催に伴っての問題は多々あれど、茶話会として一番課題となったのは、語り手の方の声についてのことだと思います。
今回、一度にお話をしていただく体験者の方は最大4名。4テーブル展開まででした。
最後の回は本当に4テーブル展開になるところを、体験者の方にお話の時間調整をお願いして3テーブルになりました。(その分、その後の映像上映の裏で―物理的にも真裏で―絵を並べてお話をしていただくことができるようにしました)
音量の問題は、どちらかというと、午前中の2テーブル展開のときに起きていました。
加治木空襲の体験者有馬さんのお話は、絵をスクリーンに映す形になったため、必然的にスクリーンの前に立って話していただくことになりました。
一方、それで会場が暗くなるため、もうお一人の体験者坂上さんは、外の光の当たるところからお話をしていただくことになり。
結果、体験者の方どうしが向かい合う形になりました。
広い会場の端と端に分かれていて、真向かいにはならないのですが、マイクを通した声がぶつかると、聞き取りにくくなりました。ときどきハウリングも起こします。
しかし、盛況のためお客さんが幾重にもいすを並べる状態になっていると、マイクなしではどうしても聞こえづらい。
それで、お話の間もたびたびマイクを調整しながらということになっていました。
午後の3テーブル展開のときは、照明の問題がなくなった分、どちらを向いて話すかを選べる状況になったので、極力、体験者の方どうしが背中合わせになるようにテーブルを配置しました。
そちらのほうが、やはり音声の干渉が少なく、聞き取りやすくなりました。

浅草でも、できるだけテーブルの向きは考えたほうがいいのですが、いかんせん、浅草は一度に展開するテーブルの数が多いので、テーブルを収めるのがまず一苦労ということになります。
浅草の2倍はある鹿児島の会場でさえ、マイクによる音の干渉の問題は深刻だったので、狭くて話し手の多い浅草でどうすればいいのかは、できる限り状況を想定して対策を立てておく必要があります。
対策・・・あるのか?と、本気で悩ましく、現場で実際試してみないことにはわからないところも多いです。
とはいえ、準備当日会場で全て考えるのは厳しいですし、展示まで含めた全体のスペースの使い方として考えなければならないので、シミュレーションはしておくべきでしょう。
しかし・・・会場のキャパという問題にぶち当たると、できることはとてもとても限られてくるはずです。
その辺、まずは会議で共有すべきだろうと思います。
保存の会メーリングリストに流れていた鹿児島茶話会の振り返りを掲載します。
イベントを中心になって仕切っている事務局メンバーによる、前日から片付けに至るまでのまとめです。
メンバーの個人的な感覚の部分も一部ありますが、全体を通したイベントの様子ということで。

◆◆◆

皆様へ

ご報告がすっかり遅くなりましたが、去る15日、16日、二つの台風の間を縫って開催した
会で初となる鹿児島県での催しが200数十名を集め、予想以上の盛況で無事終了しました。
長文ですが、概要をご報告します。

この規模の地方都市での開催は長野ぐらいで、しかもとても遠方、
年度当初予定にも入っていなかった企画ですが
各地の茶話会でお世話になっている坂上さん(94歳、ミンダナオ体験者)から
「他所でばかり話していて地元で話していないのが胸が痛むのです」と
つぶらな瞳で言われてしまうと、応えるしかないという今企画。
お一人の講演会や茶話会では広報も自信がないので
展示や証言映像上映も詰め込みました。

招致をしただけあって、坂上さんは八面六臂の活躍で、
8月が終わったせいかいまいち反響の薄かったプレスリリースも
各社地元支局をチラシを持って廻り、地元紙などの事前記事に。
さらにご近所さんに受付を頼み、息子さん夫婦も召集、
茶話会の話し手もお一人探してくる行動力は恐れ入ります。
(おまけに違う話(宗教関係)をしたいというお客さんを、
こういうのは年寄りが断るのが一番良いと処理していた…)

会場はかごしま県民交流センターのギャラリー2、
600㎡弱という保存会史上最大(級なし)の広さ。
元々展示パネルなどの設置から借り手が行う会場な上、
隣のギャラリーの利用者がこちらのギャラリーの展示パネルを持ち出して
既に展示をスタートさせているなどハプニングも加わり
(パネルを運ぶ距離は遠くなるは、天井からの吊り下げは増えるは)
前日準備も保存会史上最大(こちらも級なし)のハードさ。
女性4名での準備は死闘の様を呈し、閉館ぎりぎりに外に出ると
特に梯子作業を一手に引き受けてくれていた事務局長は足にきていて
落伍する兵隊を置いていくときはこんな感じかなとふと頭をよぎりましたが
無事タクシーに収容。
ホテルでコンビニ弁当を食べる頃は明日からどうなるかと思いましたが、
でも大変だったのはここまででした。

来場者は、坂上さんの知人の底上げもあるものの、
地方ではやはり地元紙の影響力はまだまだ健在。
また隣のギャラリー(パネルを持って行った方ではない隣。
鹿児島らしく宇宙関係のイベント)に来た若い世代やファミリーも
展示を結構じっくりと見て行ってくれました。
更に絶対これには行かなければいけない!とかけつけてくれた
知識と高齢者愛に溢れる大学生と、心配して?一緒に来られたお母様。
さらにえっ!!!、鹿児島まで来たの?! という関東在住の茶話会の常連も。。。

茶話会の話し手は、4回話し続けた坂上さんのほか、
加治木空襲などの体験を絵にして語り部をする有馬さんは
絵を張り巡らしたベニヤ板を何枚も抱えて登場し、さらにその場での即興絵師。
赤崎さんは、満州で終戦後母親が八路軍のミシン工となったため帰国が許されず
そのうち母が亡くなり、1953年になってから弟と孤児として帰国した方。
また8月15日に彩雲で特攻する予定だった庭月野さんが宮崎から参加。

映像上映は、鹿児島で訓練し真珠湾攻撃に参加した城武夫さんや
万世飛行場から特攻で飛び立ち残り30分で天候不良で引き返した松浦さん等々。
宮崎で収録したコロンバンガラ島の珍しい体験を
ここでしか上映の機会はないだろうと流しましたが、
来場者にこの撤退作戦の現場指揮官のお孫さんが来ていたのは
大変思いがけない偶然でした。

またいつもの展示に加え、今回は鹿児島加治木出身の今吉孝夫さん(埼玉在住)に
ご提供いただいた資料を大きく紹介しました。
8月11日に加治木空襲を経験した今吉さんは(当時旧制中学1年生、
この空襲で同級生が死亡)、仕事で在米中、この爆撃を行った部隊の資料に遭遇。
これをきっかけに爆撃隊の戦友会に参加、米兵やその親族と交流を深める中で
新たな資料の発掘や翻訳、米兵が戦地で拾った写真の遺族への返還、
逆に日本で亡くなった米兵の遺族への情報提供などを手掛けてきました。
個人の仕事としては大変広範かつ緻密なものですが、その全体像を紹介、
戦争に人としての勝者はなくどの国の人にも同様に悲しみをもたらすという
今吉さんの考えが伝わるものになったならと思います。

来場者に非常に反戦、反政権の立場の人が多かったことは予想外で
それも首都圏のそういう立場の人とは少し趣きが違います。
幕末以来の鹿児島から見た歴史観が根底にある気もしましたし
また東京から遠く離れた土地の人が見る為政者と国民の距離感もあるように
思いました。やはりいろんな土地でやってみるもんだなと思った次第。
北海道でやったらどんなだろうと頭をよぎったことは事実ですが
地元の核がいればこその成功、これは個人的な呟きです。

最後に、出張が隣県であると参加に手をあげたところ、あまりに喜ばれたため
その出張が無くなっても鹿児島に来て下さったYさん。
Yさんの運転なくしては、ヤマトの働き方改革に抗して
撤収をすることは出来ませんでした。ありがとうございました!
またうっかり片づけを手伝いましょうかと申し出てくださったために
大変な事に巻き込まれた山梨からの来場者の男性、
おかげで準備の死闘が嘘のように片付けははかどり
鹿児島らしい晩御飯をとることさえ出来ました。
このMLにはおられませんが深謝申し上げます。
前回会議から1ヶ月以上開きますが、次の拡大事務局会議の日程が決まりました。
保存の会メーリングリストにも告知が出ましたので、そちらを転載します。
メーリングリストでは、先に鹿児島茶話会の報告メールが流れていたため、導入がそういう形になっています。
報告メールは、そのまま転載していいのかどうかもう少し見直してから紹介します。

◆◆◆

皆様へ

立て続けに失礼をします。
鹿児島のイベント終了を受けて、次の拡大事務局会議を以下の通り開催します。

【日時】10月6日(日)13時半~ 2時間程度
【場所】戦場体験放映保存の会 事務所
【議題】鹿児島での展示会&茶話会のふり返り
    浅草での茶話会(12月6~8日)に向けて
    聞き取り予定、分担

参加者が限られるため長々と報告メールを書きましたが、
各参加メンバーからも報告、感想があると思います。
また浅草まではまだ少し時間があるので、
いつもの浅草以上のなにか・・・について
いろいろアイデアを出し合えればと考えています。
ふるってご参加ください。
茶話会カテゴリにすると誤解を招きそうですが、ひとまず鹿児島らしい写真を上げておきます。

moblog_5732cbdc.jpg
会場前の広場入口にある看板。鹿児島です。
会場の写真を撮ったつもりだったのですが、データにありませんでした。

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初日が終わって夜ごはんに食べたカツオジャーキー。
今回の茶話会開催のきっかけになった坂上さんのご家族おすすめの屋台村にて。
お薦めとアピールされていたので、これは行かねば、ということになり、せっかくなので鹿児島らしい写真を撮ることにしました。
しかし、料理の写真もうっかりほとんど取りそびれました。

moblog_4bb4ffe5.jpg moblog_9e93e4d0.jpg
鹿児島と言えば焼酎です。
お店には100種類を超える焼酎が並んでいました。
左は知覧茶割り。右は鹿屋バラ園にちなんだ銘柄の焼酎。
特攻基地のあった地にこだわるところが保存の会です。
昼ご飯はほとんど食べられないので、貴重な夜ご飯の時間に地元らしいものを食べ、行った記録にします。
晩御飯で一息入れて、ホテルに帰って各々作業をすることになるのもいつものことです。

moblog_c2f1532e.jpg
朝から開場前に錦江湾へ。
フェリー乗り場から撮った桜島周辺です。桜島は隠れていますが・・・
桜島の手前にかぶっている建物は鹿児島水族館だと思われます。
会場から15分程度で行ける場所でした。

各地に出かけていくものの、ひたすらお話を伺っているか、イベント会場に缶詰になっているかで、下手をするとそこに行ったのがわかる写真が何も残らないことになります。
ブログ係が参加しているときは、だいたい、朝っぱらから歩いて写真を撮りに行きます。
偉人の像なども回れたらよかったのですが、ちょっと無理でした。
別の視点で撮ったものもあるので、そちらはまた後日アップします。