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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
年度末になり、総会の、2018年度の報告の部分を改めて書こうと思いましたが、ひとまず、総会議案のその部分の項目を見てみます。

2018年度の活動の振り返り
1.7月14~16日 戦災被害の元子供たちを囲むゆんたく(沖縄・那覇)
2.8月14~9月9日 戦場体験聞き取りキャラバン報告展(長崎)
3.9月15~17日 戦場体験者と出会える茶話会・戦場体験者が遺す証言とモノの展示会(東京・浅草)
4.戦場体験聞き取り全国キャラバン・2周目

沖縄での茶話会開催、被爆地長崎での長期展示、モノの展示会、と、新しい試みに挑戦しました。
ブログを書き始めた2010年以降、毎年何かしら新しいイベントを行うのが定着しているようで、よくそんなネタがあるものだと、少々感心します。
そして、常に本分である、戦場体験の聞き取りを、改めて強化しようとする3年間の始まりの年でもありました。全国キャラバン2周目、ということで、3年間でもう一度全都道府県を回ろうというものです。
体験者の絶対数は減っているものの、まだ話せる方がそれなりの人数いらっしゃるはずで、全国をつぶさに見て探すことにしました。
介護施設への働き掛けも始めました。
久しぶりに、聞き取りの件数が前年より増加しました。

今後、イベントも行いつつ、聞き取りも怠らないよう、勤めていくことになるはずです。
2018年度は、より小回りの利く形へと変化していく先駆けの年だったと思います。
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3月28日、渡嘉敷島の慰霊祭を訪れたメンバーの、保存の会公式twitterへのつぶやきをまとめます。

2019年3月28日 2:47
今日は渡嘉敷村の慰霊祭でした。初めての渡嘉敷の聞き取りで「ギョクサイバ」と聞いた時、固有名詞で呼ばれていることと、音の響きににギョッとしました。慰霊祭の後にあった集まりで、明日91歳の誕生日のおばあがいて、思いがけずみんなでハッピーバースデーを歌いました。写真はお供えのケラマツツジ
渡嘉敷島 ケラマツツジ


2019年3月28日 2:48
死ぬのは恐くないから、もう先に死んでいるほうがいいという感じだから。だけど手榴弾が、兵隊の経験はない叔父さんだったけど、自分で持って破裂させたから、自分の手がみんなとんで叔父さんだけ亡くなったわけ(渡嘉敷Iさんのお話より)
沖縄に行っていたメンバーから、渡嘉敷島も収穫ありとのメールが届きました。
昨年まで島でフィールドワークをしていた大学の先生ご夫妻が来られていて、また村の人たちが集まっていました。
そちらにお邪魔して、参加者の方と会話する中で、戦争の体験を話していただける雰囲気になったということです。
次の来訪時にじっくり聞けるよう、ひきつづき交流していく方向です。
他に何名かお話しいただけるかもしれない雰囲気だったようで、そちらもまた改めてお邪魔してみることになりそうです。
沖縄に行っているメンバーは、今日は渡嘉敷島に渡ったはずですが、まだ報告が届いていません。
なので、昨日保存の会公式twitterに上がっていた阿嘉島の体験についてのつぶやきをまとめておきます。

阿嘉島記念碑  座間味島のイルカの像

2019年3月27日 5:56
本日午前中は座間味のデーサービスで阿嘉島の部隊の炊事班だった96歳の女性にお話を聞きました。午後は阿嘉島で15歳の少年義勇隊だった方から。阿嘉島は米軍最初の上陸地です。帰りの船に猛ダッシュで乗ったので、阿嘉の海の写真も、目の前にいた野生のゲルマ鹿の写真もないけれど、貴重な1日でした。

2019年3月27日 5:57
炊事班の女性は崖から飛び込もうと移動中、島民があっちに大勢いると教えられ思い止まった。島民の集まった谷で、義勇隊の少年は家族と。手榴弾が配られ妹には目隠しをしてその時を待っていたが、古老が戦隊長に伺いをたてに行き、待たせておけと言われたのが中止命令と伝わって住民は息を吹き返した。

2019年3月27日 5:58
しかしその後敗戦まで飢餓との戦いが始まる。鍋にわずかの米と桑とツワブキの葉を入れ粉味噌で味付ける。煮えてくると桑とツワブキを足してかさを増す。島民は自分の植えたものを取っても日本兵から暴行を受けたが、飢えは島の生活のノウハウがない一般兵の方が酷く、投降時はヨボヨボで歩くのもやっと

2019年3月27日 6:05
またオニギリを盗んだ濡れ衣で朝鮮人軍夫が7名処刑された(女性は濡れ衣の根拠をはっきり知っているようだった)。山の中で木の根が張り、スコップもないので、7名の遺体はお腹の上に少し土をのせただけで置かれていたが、毎日その前を通っても怖いとか感情はなかった。
事前に聞き取りの予定がないまま、座間味島、阿嘉島をめぐった保存の会メンバーから、朗報が届きました。
どちらの島でも、お一人ずつお話を聞けたということです。

午前中、座間味島では、阿嘉島の部隊で炊事をしていた96歳女性にお話を伺いました。
デイサービスの予定に合わせて1時間だけでしたが、記憶も話す気持ちもばっちりで、もう一度じっくり聞きたいところとか。
虐殺の話もあったようです。

午後は阿嘉島で当時15歳で少年義勇隊だった方からお話を伺いました。
義勇隊は旧制中学1年の人と尋常高等小学校の15名で構成。
船の時間ぎりぎりまで聞いたけれども、まだ2時間は話せそうな方だったそうです。
戦跡も確認したところ、何人かで見学するのにも向いているようで。

本格的な沖縄キャラバンでも、慶良間諸島は再訪することになりそうです。