あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
明日6月1日(金)から、第12回表郷戦争回顧展です。
こちらは例年のことで、2日目からお邪魔します。

第12回表郷戦争回顧展
戦後73年 語り継がなければならない歴史がある

【日時】
6月1日(金)13:30~17:00
6月2日(土)9:00~17:00
6月3日(日)9:00~16:00

【会場】
福島県白河市表郷公民館

【入場無料】

《講話》
6月2日(土)13:30~「子どもに伝える戦争の記憶」城戸久枝(ノンフィクション作家 42歳 横浜市)
6月3日(日)13:30~「矢吹飛行場について」藤田正雄(84歳 矢吹町)

主催:表郷戦争回顧展実行委員会
後援:
 白河市教育委員会
 白河市表郷遺族会
 NPO法人表郷ボランティアネットワーク
 表郷読書連絡会
 福島民報社
 福島民友新聞社

お問い合わせ:080-5577-4949(緑川)
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保存の会公式twitterが、京大戰爭遺蹟硏究會のつぶやきをリツイートしています。
こちらの会の方には、よく茶話会に来ていただいています。

今週末、京大戰爭遺蹟硏究會 吉田寮祭特別展が開催されるようです。
他に広報ページがないか探しましたがみつからないので、ツイートをもとに(勝手に)お知らせします。

【吉田寮祭特別展】「戦中派の声」展
開催日:6/1(金)~6/3(日)、6/6(水)
会場:吉田寮西棟 企画展示室
戦争体験者の体験談
戦時中の実物資料・戦争遺跡のパネル展示

6/3(日) 14時~会場にて「戦中派と語る会」開催。
ゲストは元陸軍第八航空教育隊の西岡正之氏。
参加無料

京大戰爭遺蹟硏究會twitter
@senseki3

保存の会からは参加が難しそうですが、行ける方はぜひ。
祖父が亡くなってからのことを思い出すと、祖父の遺品のことが浮かんできます。
それは、いつも目に入るところに箱に入ってありました。
居間の天井辺りにある浅い棚に、ほかの雑誌(『偕行』)と一緒に並べ置かれていたのです。
本当に、いつも目に入る場所に、もちろん祖父が元気なころからありました。
あまりにいつもありすぎて、そこから動かすという発想がなかったのです。
そのまま埃をかぶっていました。

祖父が亡くなって葬儀を行わなければならなくなった時、それらが目に入るのが見苦しいと思ったらしく、うちの両親がどかしていました。
いつもそれがあった場所が空っぽになっていました。
中身が何かも知らなかったので、どかしたと言われれば、そうかとただ思うだけでした。

それから保存の会と出会って、1年以上は過ぎてから。
それらどかされたものが、雨どいの下のようなところに農業用のコンテナに放り込まれて置かれているというのを知りました。
『偕行』数冊と一緒に、祖父の兵隊の時のアルバム、士官学校のアルバムがありました。ぼろぼろでしたが、それがもともとここまでぼろぼろだったのか、野ざらしにされてそうなったのかはわかりません。
なんつーことをするんだ!?と、保存の会に出会ってなくても思いました。

しかし、祖父の生前に開けたことがなかったのが、まず敗因です。
触れなかったわけではないので、開けてみればよかった。
開ければ、見つけられなかった「きっかけ」になっただろうと思います。
これはどんな写真なのかと聞けばよかったのだから。
祖父の生前に開いていれば、祖父の話も、祖父の思い出となったはずです。

今度保存の会がモノの展示を行うというのにあたり、そういうことを思い出します。
できることならば、ご家族には、まだ体験者の方がお元気なうちに、当時のものを開き、これはどういうものだったのかと聞いてみていただきたいのです。
その体験者の方の体験談も、その品に載せていただきたい。
その結果、手放しがたくなるならそれはそれでよいですし、その価値のわかるところに置きたいというのであればお譲りいただければありがたいです。
思い出は、二度と手に入らなくなる前に重ねておいていただきたい、と、心から思います。
昨日は祖父の命日でした。
昨日は会議のことを書くのを優先したため、1日遅れでお届けします。
このタイトルで書くのも9回目、でよかったんだっけ?とわからなくなって久しいです。
去年も同じようなことを書いています。
祖父が亡くなったのは2008年のことなので、ちょうど10年だったわけです。
ということは、私が保存の会と出会ってもうすぐ10年です。

祖父が亡くなった年の9月に開催された第2回日比谷証言集会が、保存の会との最初のまっとうな出会いでした。(まっとうでないのは、前の年のチラシとかです)
祖父が臥せるたびに戦争の話を聞いていなかったことを思い出し。
けれども、なんとなくどう切り出していいかわからず、その前に臥せったときからすでに、話を聞きたいとは言い出せませんでした。私が関東に出てくるより前のことです。
祖父が昼間に寝ないように、話をつないでくれ、と言われたとき、昔話でもしてもらえばいいと母は言ったのですが。ほんとうに、どう切り出していいのかわかりませんでした。
むしろ、うちの場合は母のほうが、祖父の戦争の話は聞いていると思います。
最後に臥せってからは、戦争の話を聞いていなかったことがますます心残りになり、いっそう、また元気になってほしいと願ったのでしたが、ついにかなわなかったのです。

その後悔の矢先に、どこかで日比谷証言集会のチラシをもらい、その年は日曜開催だったので、行ってみることができたのでした。
とはいえ、他にもやっていることがいろいろとあって、ボランティアに参加できる気はほとんどしていなかったのですが。
それが、もうすぐ10年なんですよね。
人生わかりません。ほんと。

ともかく、なんとなく聞きそびれてしまった後悔が強いので、体験者の方ご本人は語りたいのに家族の反対で戦争の話ができない、というのを聞くと、「もったいない!」と思ってしまいます。
ほんと、妙な人生になったものです。

祖父の命日のたびに、保存の会と出会って何年というのも数えるのは、今回改めて意識したので、これから恒例になっていくのかもしれません。
いや、10年たってから続けるのかどうかが難しいらしいので、ここが正念場でしょうか。
この祖父の命日特集はまだ9回目なので、まずは10回まで続けてみたいものです。
本日、5月の拡大事務局会議を行いました。

まずは、9月の東京でのイベントについて。
日程が9月15日~17日に決定したことを報告。
茶話会とものの展示ということで、盛りだくさんだが、どういう柱を立てるのか、今後考えていくことを確認しました。
一応、最初の広報をやってから沖縄のイベントに旅立つということを目指しています。

キャラバンについては、チラシへの新規の反響がほとんどなく、一方で3月に新聞に載ったことで空襲の証言をしたいという方が出てきているという状況が報告されました。
空襲体験は家族関係などと密接に結びついており、人生全般がその空襲によって影響を受けている例が目立つという感想もありました。空襲は、自分たちの住む場所で破壊と殺戮が行われるということで、生活と直接結びつきやすい面があるのは確かで、さらに多くの人をまきこんで戦後が展開するのがよりはっきりしているようです。
まあ、戦場体験についてもこれまで戦後の話をあまり聞いていないので、聞く部分を広げれば、また違うものがみえるのかもしれませんが。

介護施設へのアプローチは、おおむね成果なし、という状況のようです。
このまま介護施設へ連絡して体験者の方につながる可能性は低いと考えられるため、もっと直接戦中世代の方々の目に触れるメディアを活用することを考えていく方向となりました。

そして、沖縄イベントについてですが。
会場の説明が中心でした。
茶話会は3つぐらいの部屋に分かれて行うことになりそうで、人手が足りないのが大きな課題となっています。
少なくとも、受付については、現地で公募することも考えます。
これから、またパネル作成などが入ってくることになります。
昨年の「沖縄の戦争展」より展示のボリュームが出ることになるはずです。
沖縄県に後援をお願いしているところで、それが下り次第、本格的な広報開始というところです。

全体として、状況が厳しい中、ともかく準備を進めていくことになります。