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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
保存の会事務局からの拡大事務局会議の案内がメーリングリストに流れましたので転載します。

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皆様へ

ご案内がぎりぎりで恐縮ですが、今週末25日に会議を予定していますので
ご案内します。

【日時】2018年2月25日(日)13時半~ 2時間程度
【場所】戦場体験放映保存の会 事務所
【議題】2018年度の活動方針について
2017年度決算の概要、2018年度予算案

1月の会議の折は、特に「全国聞き取りキャラバンの再開」を中心に
議論がはずみました。
事務局からはまだ取材対象者が10万人ぐらいはおられるという資料を提供、
・呼びかけのチラシの方向性
・村町役場への働きかけ
・近郊の介護施設への働きかけ
・聞き取りと、その地域の掘り起こしを必ずセットで行う
・体験者世代だけではなく、家族世代へのアプローチも有効かも
・チラシとブログ、SNSを組み合わせた展開
などが話題となりました。

今回の会議では、これまでの議論を活かして、3月の総会に出す議案書の形で
2018年度活動方針を提案させていただこうと思います。
また幻の?キャラバン呼びかけチラシもご提供できるかと思います。

また2017年度決算(まだ期末ではないので概要ですが)、2018年度予算案も
ご提供できればと思っています。

これをもとに成案にむけさらにご意見をいただければ幸いです。
ふるってご参集ください。
保存の会メーリングリストでも、昨日書いたお二人の訃報について流れていたので転載します。
保存の会に最初からいたメンバーならではの、お二人と保存の会との関係がわかるものです。

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皆様へ

報道などですでにご存じかもしれませんが、
2月10日に大阪の池田幸一さんが、また2月4日に造形美術家の三橋國民さんが
亡くなられていたことが分かりました。ともに97歳でいらっしゃいました。

池田さんは、満州・新京で敗戦、その後ウズベキスタンに抑留をされました。
敗戦時の新京の街や軍隊の混乱のさま、抑留の中で右に左にとなびく日本人の
様子を話していただきましたが、池田さんのご活動の中心はむしろ
日本政府に謝罪と補償を求めた「カマキリの会訴訟」と
それを経てのシベリア特措法の実現(2010年成立)にありました。
(※支払い義務は日ソ共同宣言により日本政府に移っている)

当会では2016年の中之島集会で体験談を話されると同時に
1部最後のご挨拶をいただきました。

「戦争を体験した方々の生々しい報告を聞いて私は、次のことに気が付きました。
その一つは、やはり我々は命ある限り語り尽くさねばならない、
特に「戦争だけは絶対にしてはいけない」ということをです。
それぞれ立場と表現は違っても今のお話を聞けば、この一点で見事に一致しています。

近頃の我が国は戦争が出来る国を目指してまっしぐらのようですが、
私たちは更に戦争反対を叫ぶべきだと思いました。

しかし、反対反対と叫ぶだけで戦争は避けられるのか?
具体的な方法をと問われれば答えは必ずしも一つではない筈です。
それだからこそ「戦争反対」の訴えは必要です。
何故なら、そこから掘り下げた国民的検討が始まるからです」

日頃の池田さんからすれば、かなり保存の会の「無色」に心遣いをいただいた
のだと思いますが、池田さんらしい英知の滲むご挨拶でした。


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三橋さんは野戦高射砲第74大隊で西部ニューギニア・サラワティ島へ従軍
その体験を絵画や彫刻、造形物などで発表しておられました(名誉都民)。
ご自身と戦友を描いた「飢餓兵士像」はご覧になったことがある方も
いらっしゃるのではないでしょうか。

保存の会との関りは2005年と古く、「元兵士から元兵士への呼びかけ」が
新聞に掲載されるとすぐに、「体験を話してもいいよ」とお電話を頂きました。
その最初のお電話で「無色」について会話を重ねた思い出があります。

証言自体が非常に色彩豊かで、また記憶が言葉ではなく映像で記録されている
様子に、美術家の人というのはこういうものなのだろうかと思ったものです。

体験者の方が多く集う席にいらっしゃるようなことはありませんでしたが
長く支援をいただき、また活動を信頼していただいていると感じていました。
当会の展示などで作品集を紹介させていただいていましたが、
一番最初の浅草での千人展の折(2006年)、自分の絵画を貸してもいいんだけど
でも軍服や飯盒と一緒に転がってるのも世田谷のボロ市みたいで何だなあと
ご連絡があり、芸術作品の運搬も警備もとても自信が持てないので
ありがたく辞退したのも懐かしい思い出です。


このMLではご紹介しない訃報もひっきりなしで、そういう活動だとしか
言いようもないのですが、象徴的なお二人の訃報に改めて
応援していただいたことにふさわしい活動を続けなければとの思いを強くします。
池田さん、三橋さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
保存の会公式twitterに三橋國民さんの訃報を見つけて愕然としました。
この方の死はやはり衝撃です。
ニューギニアの戦場体験をモチーフに造形作品を数多く生み出され、体験を語ってこられました。
2~3回観に行ったことがありますが、抽象的なものでも、何かとんでもないすごみがあるというのか、場面の空気が伝わるような気がしたものでした。
鎮魂というテーマは、慰霊という、死んだ者と生き残った者の関係ではなく、自分自身も半分死者として戦友と触れているような、なんともいえない重さがありました。

つい最近には、大阪の池田幸一さんが亡くなったという話も、保存の会事務局メンバーから聞いていました。
シベリア抑留経験者への補償を求めて訴え、闘ってこられた方です。
中之島証言集会では、ご自身の証言とともに、最後の締めくくりのメッセージを語っていただきました。いろいろと思うところがありながら、国を守るということに関する様々な考え方を受け入れ、一緒に考えようというメッセージを伝えてくださっていました。
昨年夏の千鳥ヶ淵が最後となり、今後あの8月23日の集まりにも何か変化があるのかもしれません。

ご冥福をお祈りいたします。

お元気だった方が急に遠出できなくなったとおっしゃるようになった今日この頃。
体験者の皆さんには、本当にお元気でいていただきたいと思います。
今週末の会議前に、何かしらいい塩梅のデータをこさえておきたいと思いつつ、調べものがままならない環境にある(主に部屋の中が)ブログ係です。
まあ、私の調べものはキャラバン強化稼働してからでも間に合うものではあると思うのでよいでしょう。たぶん。

さて、先月の拡大事務局会議で、事務局メンバーが渾身のデータを用意していました。
戦場体験者の方が今どのくらいいらっしゃるだろうかという推計値です。
レジュメもあったのですが、今後プレスリリースをするための材料としてもうちょっと出し方を考えそうな雰囲気なので、丸写しのようなことは今は避けておくことにします。そもそも、紙媒体から丸写しするにはボリュームがありすぎますし。

データは、保存の会発足後間もない時期に厚生労働省などに問い合わせて出してもらったデータをもとに、それが10年余り経ったらどうなる?ということをざっくりと計算してつくられたものです。
実のところ、現在戦場体験者の人数を知ることのできるデータは存在しないらしいのです。
10年余り前の時点でもギリギリだったそうで、それから2~3年して問い合わせてもすでに役所にデータのあてのある人は存在しなかったというのを聞いたことがあります。
もとのデータは、恩給の支給状況などから出てきたものだったのだと思われます。
戦争体験者というのを一番単純に考えれば、今73,5歳以上の人ということになるのですが、記憶があるのは物心ついてからだろうし、保存の会の最初からのターゲットとなる元将兵の方もしくは地上戦を体験した市民ということになると、かなり絞られてくるのです。
そして、戦死の手当てを支給されている場合は、もちろんご本人はなくなっているわけで、聞き取りのできる対象ではありません。

そういう困難な状況の中、理系のメンバーが10年余りの時間の経過や一般的に得られる人口統計から、保存の会が話を聞くべき戦場体験者の数を計算してみたデータだったわけです。
総会にも出てくるのでしょうか。
ともかく、民間の団体が挑むには、データが少なすぎる現状を乗り越えようと努力しているところなのです。
データの元となる数値をもっと正確に得る手段を持っている公的機関には、そういう点でもうちょっとがんばってほしいなあと思います。
次回の拡大事務局会議は2月25日(日)です。
通常通りなら、13:30開始で2時間ほどです。

今のところまだ保存の会事務局からのメールは出ていないので、正確なところはそれを待ってからということになります。
と、10日前にも書きましたが、まだメールが回っていません。
何かでひっかかっているのか、別の用事で手が回らないのか。
ともかく、1週間前は過ぎたので、こちらとしてはもう一度書いておく時期です。

3月18日が総会なので、今日の時点ですでに1ヶ月は切っており、3月は総会前に会議をしない可能性が高い気がします。
総会の次の週は沖縄キャラバンの予定なので、そうなると次の会議は4月かも。
ということで、わりと今度の会議、総会前後に必要な決定をしておかねばならない会となるように思います。
沖縄キャラバンの話が出るかどうかはしかし微妙です。どちらかというと、5月に沖縄でイベントをやるかも、という話は出ると思います。

総会の議案がそれなりに見えてくるはず、と思っていますので、提案のある方は今度の会議までにぜひ。