あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
「沖縄の戦争展」、盛況のうちに幕となったのは本当によかったのですが。
いろいろと、やろうと思っていてできなかったこともありました。主に、メインの証言パネルを作るのに苦戦したためです。
一度全部聞き取りのテープを起こしてからまとめるのですが、文字数の壁にぶち当たるメンバーはいるわけで。
・・・私の場合は、テープ起こしの部分が最難関なのですが。

ただでさえ文字の羅列に圧倒される証言パネル、これ以上文字を小さくはできませんが、ものによっては行間を詰めてなんとかしているものもあります。
展示作業をしながら思ったのですが、3枚以上並ぶとその文字文字ぶりに、「こりゃいかん」という気分になりました。
証言自体はとても貴重だし、読めば感じ入るものなのですが、それ以前に近づくのがはばかられる勢いになるのです。
それで、関係するといえそうな写真や絵を間に入れてバランスを取るよう試みてあの形になったのです。
まあ、ときには、写真と証言と本を並べてみて、「すごくいい」などと自画自賛する場面もありましたが、自己満足ですね。ほんのり、展示作業をする人間の特権が含まれているような気もします。

それはさておき。
本来は、もう少し、沖縄戦の民間被害のこと、PTSDのこと、南洋のこと、移民のことなど、基礎情報のパネルも作ろうとしていました。
時間切れになったのはもちろんですが、探してみたけれども求めるデータが存在しなさそう、話を聞くべき専門家と日程が合わない、など、越えられなかった山もいろいろとあったのです。
一方で、すでに証言パネルで文字が多いこの状況で、説明用のパネルを増やしたとして、視覚的に圧倒されないだろうかというのも気になるところでした。
何かしら「定義」のようなものを示すのがよいのかどうか、という葛藤もあり。

体験者の方がいらっしゃる今は、できるだけご本人の口から語っていただいて、耳から、肌からも感じ取ってもらえるように、というのが願いです。
話を聞くための知識は、ここをきっかけにそれぞれにつけていく、というのがいいのかな、とも思います。

ともかく、数日のイベントでやれることは限られているので、毎日年がら年中やっているこのブログのようなところで、日々のアプローチを試みていくというのが当面の対処法かなと思ってみるところです。
ああ、また自分の首を絞めるようなことを言ってしまった・・・
スポンサーサイト
「沖縄の戦争展」について、事後報告ですが、取り上げていただいたメディアを、わかる範囲で書いておきます。

○毎日新聞 6月13日(火)夕刊
こちらは出た翌日にもお知らせしたものです。
https://mainichi.jp/articles/20170613/dde/018/040/020000c

○東京新聞 6月20日(火)
ネット上で、告知記事を見かけました。都議選告示日の渦中になる前にイベント情報を流していただけたようです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201706/CK2017062002000155.html

○朝日新聞 6月22日(木)朝刊
おそらくお客さんの多くがこれをみて足を運んでくださったのでは?という直前記事。
http://www.asahi.com/articles/ASK6D4W34K6DUTFS00G.html

○朝日新聞 6月24日(土)
こちらはネット上でみかけたものです。当日取材の記事ですね。
http://www.asahi.com/articles/ASK6S1CTGK6RULZU014.html

○NHKニュース
首都圏では6月23日(金)夕方、沖縄では24日(土)のお昼に流れたようです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170623/k10011028131000.html

他にもあるかもしれません。
掲載・放送したよ、というメディアの方、ぜひご一報ください。
見かけた方も情報をいただけると幸いです。

いろいろな市民メディアでも取り上げていただいたようです。(すでに記事が見られなくなっているところが多いようですが。)
ありがとうございました。
昨日、「沖縄の戦争展」で使用したパネルを紹介しました。
これらは、すべて送料のみ(破損・紛失時は作り直すための費用を実費負担)で貸し出し可能です。

今回、3月に行った沖縄キャラバン2017を経て、「沖縄・民間人戦争被害者の会」会員の方々のパネルを新しく作成しました。
昨日の一覧で(※)がついているのがそうです。
南洋戦のパネルも3枚追加されています。
すでに取材をしていた方の中にも会員の方がいらっしゃって、展示品を出したいというお話があり、追加したものもあります。

昨年、一昨年に行った「沖縄戦展」のパネルが50枚ほどあり、今回も沖縄戦の流れがわかるテーマごとには、すでに作成していたパネルから選んで使用しました。
「戦場体験・百人展」から使っているパネルも数枚含まれます。
証言パネルについては、もともとあったパネルと新しく作成したパネルがだいたい半々ぐらいです。
現在、「沖縄戦展」抜粋展示と「沖縄の戦争展」を別々に貸し出せるぐらいのラインナップにはなっているといえそうです。

保存の会が今年「戦場体験者と出会える茶話会」&「戦場体験キャラバン展」をやっている間に使うパネルもいくらかあるので、多少入れ替わりはあるとして、同時開催もまあ、パネルのラインナップ的には可能です。
ただ、保存の会主催のイベントを行うときは、保存の会が本気で自分たちのイベントの宣伝をしますので、開催場所によっては競合することになるかもしれません。
世間一般的にそのくらいの盛り上がりになれば、大したものですが。

そういうわけで、いろいろなパネルを貸し出し可能となっています。
立て続けにイベントも聞き取りもやっていると、目録を作るような暇がないわけですが、そのうち整理して使いやすくしたいものです。
自分たちで戦争展をやってみたいという皆さま、ぜひご相談ください。
「沖縄の戦争展」で展示したパネルについて、当日配布資料をもとに紹介します。
証言パネルと絵画のパネルがあります。
(※)は、「沖縄・民間戦争被害者の会」会員、「沖縄戦被害国家賠償訴訟」あるいは「南洋戦被害国家賠償訴訟」原告です。

○対馬丸沈没
久高将吉さん 家族疎開で対馬丸に乗船、当時11歳

○10.10空襲
森山英子さん 県立第2高等女学校生徒、那覇市で10.10空襲に遭う

○米軍、慶良間諸島に上陸
金城恵美子さん 渡嘉敷島で「集団自決」を経験、当時14歳(※)
上里和子さん【絵画】 座間味島で「集団自決」を経験、当時6歳

○米軍沖縄本島に上陸

○米軍、伊江島に上陸
大城安信さん【絵画】 伊江国民学校3年、「集団自決」を経験

○沖縄戦の兵士たち
糸数雄介さん 24師団歩兵第32連隊、沖縄県出身
近藤一さん 62師団独立歩兵第13大隊、三重県出身
嶺井巌さん 独立混成第44旅団砲兵隊、沖縄県出身

○郷土が戦場に(民間人の体験談)
普天間道子さん 北部に避難、母が米兵に刺殺されるのを目撃、当時9歳(※)
上間幸仁さん 母が艦砲射撃で死亡。3ヶ月の異父妹を栄養失調で亡くして孤児(※)
山岡芳子さん(その1) 目前で母と兄妹が爆弾の破片で、その後父が亡くなり孤児に(※)
神谷洋子さん(その1) 当時8歳、腹に負傷、孤児になり一人で戦場をさまよう(※)
宜保千恵子さん 摩文仁(まぶに)で戦車の攻撃を受け、祖母は即死、自身も負傷(※)
金城圀弘さん 旧高嶺村出身、南部を歩き廻る、捕虜になるとき祖母が焼身自殺
山城照子さん 当時11歳、兵隊に水くみや遺体運びをさせられる、艦砲射撃で負傷(※)
比嘉千代子さん 砲弾破片で負傷、米兵に号に手りゅう弾を投げ込まれ父らが亡くなる(※)

○戦場に動員された少年たち
宮平盛彦さん(その1) 県立第1中学校2年生、電信第36連隊に配属
玉那覇文彦さん 県立第1中学校4年生、対戦車攻撃隊への所属を命ぜられる

○学徒隊(戦場に動員された少女たち)
上原米子さん 県立第3高等女学校生徒、なごらん学徒隊、沖縄陸軍病院北部分室に配属
久場千恵さん 日赤看護婦、第62師団野戦病院
宮城巳知子さん 県立首里高等女学校、瑞泉(ずいせん)学徒隊、第62師団野戦病院配属
中山きくさん 県立第2高等女学校生徒、白梅学徒隊、第24師団第1野戦病院に配属

○組織的な戦闘の終結と戦後
宮平盛彦さん(その2) 投降勧告に来た日本兵の殺害を目撃
神谷洋子さん(その2) コザの孤児院へ、その後叔父宅で小学生の頃から農業に従事(※)
内間善幸さん 孤児になり親族宅に引き取られる、16歳でそこを出される(※)
沢岻孝助さん 墓を追い出され孤児に、孤児院で高校を卒業、後遺症で手術(※)
山岡芳子さん(その2) 両親を亡くし、祖母たちと復帰前のおじさん宅に引き取られる(※)
大田昌秀さん 遺骨収集と平和の礎の建設
(パネル 沖縄の戦後補償について)
當間實さん 業を追い出され砲弾で右眼を失明するが、援護法の申請は却下(※)

○南洋戦の民間人
柳田虎一郎さん パラオに移住、疎開船が撃沈されフィリピン・ミンダナオ島へ(※)
上原和彦さん パラオに移民、疎開船が撃沈され台湾に、そこで母と姉弟妹を亡くす(※)
祖堅秀子さん サイパンに移民、両親と4名の兄姉妹を亡くすがバンザイクリフより生還(※)
佐藤孝則さん テニアンに移民、祖母と弟が衰弱死、自身も砲弾、銃弾、手りゅう弾を浴びる

3日間にわたって開催しました「沖縄の戦争展」、昨日無事終了しました。
展示、ナイトセミナー、戦場体験者と出会える茶話会、いずれも保存の会独特の雰囲気があり、好評でした。
記帳していただいた状況とはけた資料の数からみて、3日間でだいたい750~800人の来場だったようです。
「昨日も来た」「おとといも来た」「毎日来ている」という方も多く、さらには、昨年12月の茶話会に参加したので、開催を知って楽しみにしていたという方もいらっしゃって、リピーター率が高いのも独特だと思いました。
また、これから他の地域で行う予定の茶話会&全国キャラバン展にも参加したいという方も。これは、浅草という場所柄の効果もあったのでしょうか。ちょっと寄ってみて、やっぱり次の案内がほしいなと思ってくださった方もけっこういらっしゃるようです。
沖縄からいらっしゃった体験者の方々も、「あの人も呼びたかったねー」「大阪にも出るよ」などとおっしゃっており。

大阪の茶話会&全国キャラバン展の方向が予定と少し違ってくる可能性が出てきました。
ううむ、しかし沖縄からもう1回呼べるほどの財力はないのですが。今回すでにかなり予算オーバー気味ですし、大阪はスタッフも移動・宿泊することになりますので。
1か所で開催すると、次の開催が可能なほど支援者が増えるような、さだまさしさんのチャリティーコンサートのような勢いならよいのですけど。
そうなってくると、本当の意味で全国「キャラバン」になるなあとは思います。
さてどうなりますやら。
実は、今回の準備の最中に、利用申し込みをして1ヶ月あまりにわたって審査中になっていた大阪の会場から利用許可が下りた連絡が来ました。
会場利用的に日程を延ばすのが難しい状況なので、今度はこちらが要検討です。

1つ終わったと思ったら、すでに次のイベントどころか、次の次の次のイベントが動き出しているのでありました。
みなさま、またよろしくお願いいたします。