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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
直前になりましたので、再度お知らせです。

2月20日(土)より、新宿住友ビルにある平和祈念展示資料館で、春の特別プログラム「観てみよう、聞いてみよう 戦争のこと」が始まります。
いつもお世話になっている(株)ユニモトのドキュメンタリー映画(保存の会は共同制作になっています)が3本上映されるので、宣伝します。
こちら↓の3本です。
○語らずに死ねるか!無名の元兵士たちの声
○はじめ嬉しく、あと悲し 十代の若ものたち、青春の軌跡
○生きて絆つなぐ70年 拓く心いつまでも 

もちろん、他のプログラム、お話し会等も貴重です。
いずれも無料のイベントですので、この機会にぜひ。

◆◆◆

平和祈念展示資料館 春の特別プログラム
「観てみよう、聞いてみよう 戦争のこと」

★第1弾★ 2月20日(土)~3月13日(日)の土曜日・日曜日

◆2月◆

20(土)
11:00、14:00 上映会
【映画】葫蘆島大遣返 日本人難民105万人 引揚げの記録 (102分)

21(日)
11:00 上映会
【映画】語らずに死ねるか!無名の元兵士たちの声 (45分)
14:00 語り部お話し会
◎手塚元彦さん(引揚体験者) (約60分)

27(土)
11:00、14:00 上映会
【映画】はじめ嬉しく、あと悲し 十代の若ものたち、青春の軌跡 (94分)

28(日)
11:00、14:00 上映会
【映画】生きて絆つなぐ70年 拓く心いつまでも (60分)

◆3月◆

5(土)
11:00、14:00 上映会
【映画】葫蘆島大遣返 日本人難民105万人 引揚げの記録 (102分)

6(日)
11:00、14:00 上映会
【映画】語らずに死ねるか!無名の元兵士たちの声 (45分)

12(土)
11:00 上映会
【映画】はじめ嬉しく、あと悲し 十代の若ものたち、青春の軌跡 (94分)
14:00 ギャラリートーク
学芸員による、企画展の展示解説 (約30分)

13(日)
11:00、14:00 上映会
【映画】生きて絆つなぐ70年 拓く心いつまでも (60分)

★第2弾★ 3月19日(土)~3月31日(木)の毎日(春休み期間) ※28日(月)は休館

◆3月◆

19(土)
11:00 上映会
【アニメ】キクちゃんとオオカミ  (45分)
13:00 館内ガイドツアー
学芸員による展示解説  (約30分)
14:00 上映会
【アニメ】お星さまのレール  (76分)

20(日・祝)
11:00 上映会
【アニメ】 小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話  (45分)
13:00 館内ガイドツアー
学芸員による展示解説  (約30分)
14:00 語り部お話し会
◎鈴木忠典さん(元兵士)  (約60分)

21(月・振休)
11:00 上映会
【アニメ】ビルマの竪琴  (47分)
13:00 館内ガイドツアー
学芸員による展示解説  (約30分)
14:00 特別企画
「シベリア抑留と収容所で歌った"うた"」
語り部:牛窪剛さん(抑留体験者)
アコーディオン伴奏:坂田佳奈子さん
歌:和田弥一郎さん ほか

22(火)
11:00、14:00 上映会
【アニメ】 戦争が終わった夏に 1945・樺太(サハリン) (90分)

23(水)
11:00、14:00 上映会
【アニメ】満蒙開拓と少年たち 蒼い記憶 (94分)

24(木)
11:00、14:00 上映会
【アニメ】 戦争が終わった夏に 1945・樺太(サハリン) (90分)

25(金)
11:00、14:00 上映会
【アニメ】満蒙開拓と少年たち 蒼い記憶 (94分)

26(土)
11:00 上映会
【アニメ】キクちゃんとオオカミ  (45分)
13:00 館内ガイドツアー
学芸員による展示解説  (約30分)
14:00 上映会
【アニメ】お星さまのレール  (76分)

27(日)
11:00 上映会
【アニメ】 小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話  (45分)
13:00 館内ガイドツアー
学芸員による展示解説  (約30分)
14:00 語り部お話し会
◎丸澤一也さん(引揚体験者) (約60分)

28日(月)休館日

29(火)
11:00、14:00 上映会
【映画】葫蘆島大遣返 日本人難民105万人 引揚げの記録 (102分)

30(水)
11:00、14:00 上映会
【映画】はじめ嬉しく、あと悲し 十代の若ものたち、青春の軌跡 (94分)

31(木)
11:00、14:00 上映会
【映画】生きて絆つなぐ70年 拓く心いつまでも (60分)

平和祈念展示資料館HP
http://www.heiwakinen.jp/
1942年2月15日に、山下奉文司令官がシンガポールの英軍に「YESかNOか」と迫ってからほぼ4年後、1946年2月18日に、GHQのホイットニー民生局長から日本政府が、GHQの憲法改正草案を受け入れるか否か48時間以内の返答を迫られることになりました。
松本委員会で憲法改正案要綱を練っていたのですが、今度は早急にGHQ草案について日本政府として検討する状況になりました。
22日の閣議で、GHQ草案受け入れを決定。昭和天皇にも事情を説明します。

昭和天皇ですが、2月19日から全国巡幸が始まったところでした。
18日に憲法改正を巡る攻防が展開された直後ですが、それほど影響はなかったのでしょうか。むしろ、巡幸の予定を変えるほうが影響が大きかったのでしょうか。
最初の巡幸は神奈川県川崎市の昭和電工川崎工場ということなので、御料車であればすぐに帰ってこられる場所ではありました。
この後、足掛け8年にわたり、巡幸は続きます。
このころ、GHQは日の丸を掲げることを禁止していましたが、集まった人々が掲げていたため大問題になり、GHQから巡幸中止が申し入れられ、しばらく中断もあったということです。
GHQは、群衆のあまりの熱狂に、皇国主義が復活することを恐れたようです。

さて、太平洋戦争開戦直後は、まさにそんな熱狂の最中でした。
1942年2月18日、「大東亜戦争戦捷第1次祝賀国民大会」が開催され、酒、菓子、あずきなどが特配されたそうです。
日中戦争のころはちょうちん行列をやっていた話はよくありますが、このころも勝ち戦を祝って士気を高めていた時期です。
まさか、4年後に、社会までひっくり返る事態になっているとは、誰も思っていなかったでしょう。

1945年の2月19日には、硫黄島に米軍が上陸します。
そのころは、玉砕を重ねる終戦へのカウントダウンの中。
それでもやはり、1年後に社会がひっくり返る事態になっているとは、ほとんど誰も思っていなかったことでしょう。

後からこうやって振り返ってみることに、どれほどの意味があるのかはわかりませんが、一般市民が戦争前後を振り返って語る余地のある社会は、70年前に基礎ができたといえるのではないかと思います。
昨日、秋の首都圏での展示イベントについて触れたところで、保存の会の話題です。
先月の拡大事務局会議で、このイベントのことも出ていたものの、ちゃんとテーマが決まるのは7月以降になる見込みとなったようです。
6月までは、ニューギニア戦展への協力と大阪での沖縄戦展にかかりきることになります。
そして、11月に展示イベントを行うとして、7月までの抽選で会場が決定すると見込んでいます。10月11月は文化の秋とあって、諸々の文化祭と勝負しなければならない状況となるのが大変なところです。抽選の早いところから複数狙ってみることも考えています。
沖縄戦展のように、何日に合わせて、というのがないので、日程もまだしぼれてはいません。
会場→日程→テーマという順番で決まるのではないかと思われます。
テーマが先に決まっている場合、証言をお願いしたい方のご都合を確認して他が決まるのでしょうが、今回は、とにかく秋に首都圏で何かやるというのを最優先で決めるかんじです。

今週末また拡大事務局会議がありますが、秋の展示イベントについては、そんなに時間を割かないのではないかと思います。
何かよほど、「今年はこれをやらねば!」というものが飛び出さない限りはおそらく。
逆に、そういうものが発見されるか湧いて出てきた場合、一気にいろいろ決まることはあるかもしれません。

9月4日には、大阪中之島公会堂証言集会も控えていますが、その追い込みと並行して、夏の間に首都圏では、秋の展示イベントの広報を始めるのが目標です。
まだ先のことのようですが、総会を通過したらフルスピードマラソンに突入しそうです。
いくら今年はこの時期「大戦とその前後」を強化すると宣言しているとはいえ、ちょっとやりすぎなんではないかという気もする今日この頃。
キャラバンブログが時間旅行に入っているかんじです。
個人的体験まで含めながら、予定よりハイペースになっているのは、思ったよりこの時期いろいろ起こっているというのもありますが、書いた内容からいろいろ派生するせいもあるのはすでにご覧のとおりです。
思い付きで悪乗りして書いたような言葉に引っ張られたりもしています。

昨日のシンガポール攻略の話は、2月10日にGHQの憲法原案脱稿に合わせて書いた中で、18日にホイットニーから「YESかNOか」と、「YES」を前提に迫られる話を山下司令官のセリフを思い出しながら書いたところからつながっています。太平洋戦争初期のころで、物凄い勢いでマレー半島を南下しているから、わりと今頃のことだったのではないかと思っていたのですが、10日の分を書いた後確認したら、思ったよりだいぶ近い日付でした。
そういうわけで、これは来年やればいいものを、ノリから出た一言がもとで、今年やることにしたのです。
シンガポール攻略を2月11日の紀元節までに完了しようとしていた、というのを見ると、思いっきり納得がいきました。
2月11日までにシンガポール陥落していることを見越して、記念切手発行を準備していたそうです。実際に発行されたのは、本当に陥落した翌日の2月16日。つまり74年前の今日です。

・・・・・・自分では、こういう流されて次から次へと書くことができていくのはエキサイティングで深みにはまりそうになるのですが、保存の会の活動を知りたくてご覧になっている方には退屈かもしれませんね。
むしろ、保存の会としては、なかなかやりにくいテーマです。公式じゃないからやれています。
こういうのも、もし今年の秋に予定している東京での展示イベントが「拡大版百人展」だったら、役に立つことがあるのでしょうか。
いやいや、保存の会の展示はメインは証言なので、こういうネタものはあんまり使い物にならないと思います。去年のように、(日比谷証言集会までの)カウントダウンをテーマにするかんじであれば、広報になるのかもしれませんが。今年(から)は、だいぶ無節操です。
まあ、秋の展示イベントに関しては、私はフィリピン戦展推しです。今のところ。
そう言いつつも、これまでの分を書くのに調べものをしたところ、今年のイベントの内容に関係しそうなことをちらほら見つけたので、また近いうちに展開する見込みです。

今週末、2月21日(日)、保存の会の拡大事務局会議です。
今年、というか2016年度の活動が煮詰められていくのと並行して、まさに並行して、斜め方向から盛り上げていきたいと思います。
昨日に引き続き、74年前の出来事です。

1941年12月8日、真珠湾攻撃より一足早くマレー半島上陸作戦を開始していた陸軍第25軍は、1月31日にはマレー半島を南下しきって、シンガポールの手前まで到達していました。
この日、連合軍が脱出した際に、マレー半島とシンガポールをつないでいたジョホール・シンガポール・コーズウェイを破壊しており、日本軍はジョホール水道を舟艇を使って渡って上陸することになりました。
2月9日、日本軍はシンガポール島の3ヶ所から上陸。各地で激戦を繰り広げます。
特に、ブキテマ高地、マンダイ高地の要塞は強固で、一進一退の攻防が続きました。その間に、物資が不足していき、一時攻撃を中断すべきかどうかというところまできつつありました。
が、実は、それは相手も同じ、むしろ貯水池を日本が押さえたことで、戦闘続行がより難しい状況となっていたのでした。

2月15日、突然、英軍から停戦の申し入れがありました。
夕方、フォード自動車工場の一室で、日本側山下奉文司令官と英軍側司令官パーシバル中将との会見が持たれました。
このときに、山下司令官が有名な「YESかNOか」という発言をするのです。
シンガポールの英軍に対し、無条件降伏を問うものでした。
対するパーシバル中将は、いろいろと条件を出してきますが、それを1つ1つつぶしていくような問答だったようです。
明日まで待てと言われれば、それまで攻撃を続けるといったように。
最終的に、今すぐ無条件降伏するのかどうなのか、そこだけはっきり答えるように、ということで、握りこぶしで机をポンと叩いて「YESかNOか」と迫ったということです。
もちろん、「YES」を前提にした、一種の恫喝です。実際には、特に激しい口調ではなかったということですが、有無を言わさぬ姿勢は間違いなく。
ここから、山下司令官は「マレーの虎」と呼ばれるようになります。
ただ、この場合、日本の側も相当せっぱつまっていたので、ここでとにかく無条件降伏を取り付ける必要があって押し通した面が強いといえそうです。

シンガポールは、連合国軍にとって要衝であり、ここから欧米の勢力が一掃されたというのは、歴史的に大きな意味を持つことでもありました。民衆にとっては喜びでもあったようです。
しかし、この後、日本軍はシンガポールに根付いていた華僑に対し大規模な粛清を行ったため、恐怖の対象ともなるのです。