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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
時はまた、太平洋戦争開戦間もない時期へ。
1942年2月24日、戦時災害保護法が制定されました。

これは、戦闘行為によって引き起こされる災害全般を対象とする法律で、民間人も対象となっていました。
内容としては、応急の救助,扶助,給与金の給付が定められており、「補償」ではなく「救済」を定めたものということになるようです。
民間人も対象となっていたのは、大戦が「総力戦」であるため、銃後もみな戦闘に関わる領域とみなされたということでもあります。国民全員が戦闘を支える人員とされたわけです。
まだ勝ち戦のときに制定されたこの法律は、大戦末期の甚大な被害にとても対応できるものではありませんでしたが、民間人も救済対象だったということは重要な意味を持っています。

敗戦を迎え、GHQにより、軍人恩給もろとも戦時災害保護法も廃止されます。
やがてサンフランシスコ講和条約の締結に伴い、1952年「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が制定されますが、これは軍人軍属を対象とするもので、民間人には及びませんでした。
1954年にはビキニ水爆実験が起こり、原爆被害者にわずかに援護が及ぶようになります。1957年、「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」と「引揚者給付金等支給法」が制定されるのですが。
その過程で、援護にかかる予算が膨れ上がることを恐れたところから、「受任論」が出てきたようです。

一方、GHQ占領下、救済は福祉の制度として行うべきであるとされ、1946年、旧生活保護法が制定され、同年10月から施行されます。
すべて貧困は社会責任として捉えるとともに、国家の責任においてすべて対象者は無差別平等に最低生活に必要な保護を受けられるようすべきという社会保障制度とよべる法令体系を はじめて示した画期的なものともいわれますが、実際の運用の面では問題があったようです。
その年の11月3日日本国憲法公布、翌1947年5月3日施行を経て、1950年には、憲法第25条の生存権を基本理念とする新生活保護法が制定されます。
こちらも、認定や運用等をめぐって問題があるのは、現在の状況を見たほうがわかりやすいかもしれません。
ともかく、戦時災害で困難を抱えることになった人々の救済も、こちらに組み込まれるということになり、戦時災害への「補償」の問題は、ある意味解決済みということになり、課題とさえみなされなくなったということでしょう。
ブログ係も3年前に参加させていただいた、広島経済大学岡本ゼミナールの「オキナワを歩く」が昨日から始まっています。
今回10回目の旅。
私が参加したときは、女子学徒隊を一巡した後だったので、それからは学徒隊の方々に集まっていただくような場面が入ってきているかんじでした。
今年は、沖縄本島の全ての女子学徒隊のゆかりの地を巡る行程になっているようです。元女子学徒の方々も現地でお話されるそうです。

残念ながら、昨年10月、瑞泉学徒隊の宮城巳知子さんが亡くなっておられます。
10年という歳月を感じます。
今日は旧暦の十六日(ジュウルクニチ)、死者の国の正月とされ、沖縄では親戚一同が集まる法要が行われる日です。宮城さんは、そちらの主役になっておられるのでしょうか。
戦争を語り続けた人生の後は、安心できているのでしょうか。
ご冥福をお祈りしつつ、昨今の沖縄のことを考えると、より心のどこかが痛い気がします。

大学のゼミなので、そういう意味でも年限があると思いますが、女子学徒の皆さんがお元気な間は続けるのだと、以前岡本先生はおっしゃっていました。
「オキナワを歩く」での体験をもとにした女子学徒隊の展示を東京で計画されているようで、気になっています。
もしかして、保存の会が大阪で沖縄戦展をやるのと入れ違いになることもあり得る?と昨年に引き続き、参加できないのが残念ではありますが、それぞれの場所でがんばっていきましょう。

私が持って行ったビデオカメラでは外での撮影は厳しかったようで、3年前撮影させていただいたものは難ありまくりで、そちらの方面で還元はできそうになく。
何か応援できる機会があればと思っているのですが・・・
ともかく、よい旅となるよう祈っております。
繰り返し出てくるので、もういいかなと思いつつ、これは今年にしかやらないと思うので、書いておきます。
1946年2月18日にホイットニー民生局長から、GHQの憲法改正草案受け入れについて48時間以内に返答するよう求められていましたが、実際には遅れること2日、2月22日の閣議で受け入れが決定されました。
それまでの間に、マッカーサーにGHQの草案についての意向を確認等していたようです。

2月22日、松本委員長、吉田茂外相とその側近の白洲次郎(当時の役職は終戦連絡事務局参与)の3人がGHQを訪問、ホイットニーらと会見し、受け入れの表明をします。
その日のうちに、昭和天皇にも事情説明が行われます。

この前後でポイントになるのは、白洲次郎です。
松本案が否定され、GHQ草案を手交されたことに対し、2月15日、ホイットニーあてに松本案再考を求める意図の書簡を送っていました。目指すところは同じであるから、今は日本の現状に即した松本案を、といった内容だったということで、「ジープ・ウエイ・レター」と呼ばれています。
ホイットニーは、翌日それに反論する返事を出し、GHQ草案に沿ったものとするよう求めます。
22日に会見したときには、受け入れの表明をしつつ、GHQ草案の中で変更してはならないところについて問い直しました。
GHQ側の返答は、GHQ草案は一体をなすものであるから、字句の変更等は可能だが、その基本原則についての変更を認めないというものでした。
それを踏まえて、GHQ案に沿った形での日本政府案の作成が始まることになります。
白洲はGHQ案の翻訳にも携わっていました。
wikipediaには白洲の発言が紹介されていますが、このときの憲法改正をめぐる内容がけっこう出ています。
日本政府案を作成するにあたっては、GHQからの押し付けであるということを強く意識しており、天皇の立場等を曖昧にまとめていると皮肉りながらも、戦争の放棄といった理念については圧巻で、押し付けであるかどうかは関係ないというような発言をしているようです。
米国でさえ成立しないような法規にしようと夢中になっていたような内容もありました。
占領下で米国にはっきりと抵抗しながらも、GHQ草案をたたき台に、米国以上のものを作ろうとしていたようでもあります。
とりわけ、下記の発言は含蓄があります。

「私は、“戦後”というものは一寸やそっとで消失するものだとは思わない。我々が現在声高らかに唱えている新憲法もデモクラシーも、我々のほんとの自分のものになっているとは思わない。それが本当に心の底から自分のものになった時において、はじめて“戦後”は終わったと自己満足してもよかろう」

昨年は、戦後70年に全国的に向かい合いましたが、この言葉を見るともう一歩踏み込んで向かい合いなおすべきなんではないかと思えてきます。
鵜呑みにするのも問題あるでしょうが、あの大戦を考える意味や戦後とはなんぞやということについて、この発言に何かものすごいヒントがあるような気がしました。
とはいえ、wikipediaの記述で分かった気になってはまずいですから、もっと資料にあたってみねばと思います。
本日、今年に入って2回目の拡大事務局会議を行いました。
体験者の方2名含む13名出席。今回が総会前の準備会議ということになり、予定より長時間にわたって話し合いが続きました。

直前時期に、保存の会の母体である公益社団法人マスコミ世論研究所の定期監査が入っていたため、その報告も兼ねてとりあえずの予算案も配布されました。
よくもまあこの予算で、というのを、客観的に確認することにもなりました。

総会で話す内容、公益事業としての保存の会の活動についてということで、その流れに沿って話が進みました。
常に行う戦場体験保存活動の辺りは、イベントで聞き取りを止めないように、というかんじの数値目標が出たぐらいで、いつものとおり頑張る方向です。
伝えるほうの活動が、イベント盛りだくさんのため、ここで議論が展開されたのは予定通り。
特に、9月の中之島公会堂証言集会について、日比谷のときのような500人委員会でいけるのかということや、シンポジウムをどう展開するのかということ等、かなり具体的な話になりました。
どのように広報するかという面と、どういう集会なのかという面とが入り混じって複雑になっているかんじがしました。
ともかく、中之島公会堂証言集会は日比谷と同様、全国規模のイベントだということを確認。全国の方に応援してもらい、全国から体験者の方を募って行う形です。場所が変わったことで、参加しやすい地域が移り変わることはありますが、常に全国展開を見据えて活動するという象徴のようなものでしょうか。
といっても、もちろん、地元大阪の方々を中心に据えて行います。
この辺りについては、総会後すぐに煮詰めて、大々的に広報できるようにしていきます。
ニューギニア戦展への協力、大阪での沖縄戦展、首都圏での展示イベントと、展示については戦場体験史料館・電子版の拡充とセットで進めます。
より広く、多くの方が戦場体験に触れることができる場をつくるということに尽きます。

と、結論めいたことを書いていますが、会議の詳細なところは、また事務局のほうから報告があると思います。
総会では、今日の話し合いの内容も反映して議案となります。
総会を通してすぐに諸々始動できるように準備を進めます。
引き続き、直前告知です。
明日、保存の会の拡大事務局会議が行われます。
前回の振り返りを含めて、メーリングリストに案内が流れていましたので、そちらから転載します。
特に参加資格はありません、ということですが、まあ、私もそういえば「事務局」ではないし、特に役職もないです。「ブログ係」も個人プレーで役職ではないですし。

◆◆◆

皆様へ

以前もご連絡しましたが、2016年度の事業計画・予算を相談する
拡大事務局会議が今週末に迫りましたので改めてご案内致します。

◆拡大事務局会議のご案内
【日時】 2016年2月21日(日) 13時半より2時間程度
【場所】 戦場体験放映保存の会 事務所
【議題】 2016年度事業計画と予算案について
※特に参加資格はありません。議題に興味のある方はどなたでもご参加下さい。

1月の会議の時にあがった内容について項目を短めに再掲しておきます
〇5月2(月)~8日(日) 「ニューギニア戦展」(仮題) 赤坂のギャラリー
  (ご遺族が主催)への全面協力
〇6月17(木)~20(月) 「沖縄戦展 in大阪」 エル大阪
〇9月4日(日) 「あの戦場体験を語り継ぐ集い」 大阪・中之島公会堂
  ・シンポジウムについては、その後関西での日常活動がなくても
   聞き取りの種になるような具体的な提案を行いたい
〇11月 東京での展示会
  ・テーマは「百人展・進化バージョン」、「フィリピン戦展」など諸案
7月中ぐらいに決定する

〇2016年度の各展示会は、史料館電子版の拡張と組み合わせ
 証言パネルから動画なども見られるメディアミックススタイルで
〇企業と協力しての介護施設における聞き取り事業
〇日常の聞き取り活動
〇電子版の拡充
  ・テープのDVD化については予算をつけて外注でも進める
〇中国など海外で聞き取りをしている方との連携
〇定期勉強会