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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
祖父の命日を世界に発信するシリーズも5回目です。年1回なのですが、あっという間なのが恐ろしいところです。
ちなみに、今年は祖父の7回忌と祖母の3回忌を一緒にやることになっています。
それまでに祖父母を中心とした家族記を書こうと考えたのは2年ほど前ですが、あきらめざるをえないようです。

今年は祖父の生誕100年にあたります。
1914(大正3)年生まれ。
ということは、第1次大戦勃発の年の生まれです。(今年は第1次大戦開戦から100年でもあるわけですね。)
第1次大戦からしばらく軍縮の機運もあった時代があるといっても、15年戦争に向かう時代に育っていたことになります。
そして、満州事変を経て中国と戦争状態に入っているころに徴兵検査を受け入営、農家の三男坊だった祖父は、軍人として身を立てることを決めるのです。

こうして自分のよく知っている人の人生と並べてみると、歴史の見え方が違ってくる気がします。
また、歴史背景や軍隊のことを知って話を聞いていたら、祖父の人生を違った側面から見ることになっただろうと思います。
祖父の若いころの話は、ほとんど聞かずじまいでした。聞いていないということにさえ、気づいたのは、祖父が最後の病床にあるときでした。
そして、祖父が亡くなった年に、保存の会の2度目の日比谷証言集会に足を運ぶことになったのでした。
ある意味、聞くことのなかった祖父の半生、戦場体験が、私の人生を変えることになったといえます。

その辺り、ついに一般販売される本にもちらりと登場するかもしれません。出るとしても本当にちらりとですが、私が戦場体験を聞くときの基本になっているようだと、先日の座談会を経て思いました。
昨日は、函館ミニキャラバン、首都圏での聞き取りが展開されていましたが、さらに、事務局長が町田市に行っていました。
ニューギニア戦線での体験を表現されている造形作家の三橋國民さんが町田市の名誉市民を受賞されており、その記念パーティーが開かれていたのです。

三橋さんには、保存の会は発足当時からお世話になっており、新しい作品を出されたときやイベントのときにはお知らせをいただいてきました。
すっかり影が薄くなっている保存の会公式ブログにも、取材レポートが掲載されています。というくらい、長いおつきあいをさせていただいています。
http://keepast.seesaa.net/article/53561145.html
無色・無償・無名がモットーの保存の会ですが、有名な方の証言ももちろん収録させていただいています。

記念イベントとして、5月20日(火)~30日(金)の期間、町田市役所1階イベントスタジオで展示会が開催されているようです。
なかなかない機会だと思いますので、行ける方はぜひご覧になることをお勧めします。

三橋さん、おめでとうございます。
函館ミニキャラバンがつがる市にいるころ、首都圏でも聞き取りが行われていました。
満州2回に上海という、3回の兵役がある方だったそうです。
ご家族総出で一緒に聞かれていて、取材に行った保存の会メンバーが、ご家族にわかりにくい用語や背景情報を開設するということもあって、今日は2回目の兵役までで時間切れになったとのこと。
また後日、つづきを伺う予定です。

12月から4月まで、事務手続き関係がたてこんでほとんど聞き取りができない状況になっていましたが、ゴールデンウイークのキャラバン以降、保存の会の本分ができるようになってきたかんじです。史料館充実の3ヶ年中とはいえ、今は聞き取りが重要ですので、よかったと思います。
本日行われていました函館ミニキャラバン、明日は津軽海峡を渡ってつがる市で聞き取りをすることになったそうです。

2010年夏~秋の、東東北チーム番外編で戦友会にお邪魔して座談会形式で撮らせていただいた方のお一人です。
函館に行くので、改めて詳しくお話をしていただけるように連絡を取ったとのこと。
ということは、47師団131連隊第1大隊第3中隊です。

北海道に青森、と、最初のころのキャラバンを思い出す展開になってきました。
明日5月24日(土)は、函館ミニキャラバンです。
だいぶ遠方へのキャラバン、一番若いメンバーが1人で伺います。

フィリピンのモンテンルパ収容所に収監されていた方とのことです。
もちろん、戦闘状態のときの体験もじっくり伺ってきてくれると思います。