あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
沖縄キャラバン2013、1月31日時点で決まっている日程です。

日程:2月2日(土)~7日(木)
参加人数:4名

◆◆2月1日(金)◆◆

メンバー3名前日沖縄入り。

◆◆2月2日(土)◆◆

訪問地:西原町
西原町公民館にて収録会
体験者の方2名
◎県立第一中学校4年生。鉄血勤皇隊。


夕方メンバー1名沖縄入り。

◆◆2月3日(日)◆◆

●1班
訪問地:恩納村
体験者の方2~4名

●2班
訪問地:浦添市
体験者の方2名

◆◆2月4日(月)◆◆

訪問地:嘉手納町
体験者の方6名+α
午前
◎県立農林学校2年生
◎球7072部隊

(◎瑞泉学徒隊)
午後
◎ブーゲンビル

◎ご親族3人一緒の収録

夕方、メンバー2名(または1名)東京に戻る。

◆◆2月5日(火)◆◆

訪問地:南城市(奥武島)
体験者の方2名
奥武区公民館にて午前1名午後1名収録予定

◆◆2月6日(水)◆◆

訪問地:南城市
体験者の方2名
◎大里村第一国民学校
◎玉城国民学校

◆◆2月7日(木)◆◆

午前
調整中
午後
訪問地:那覇市、大田国際平和総合研究所
◎大田昌秀さん。沖縄県立師範学校。鉄血勤皇隊。

メンバー2名(または3名)東京に戻る。


一部日程が入れ替わりました。
期間中、個人的に沖縄に行っているメンバーがいるので、一部日程で合流することもある見込みです。
帰る日程を延ばそうかと検討中のメンバーもいます。

さらに充実した日程になってきました。ありがとうございます。
沖縄キャラバン2013、いよいよ明日から出発です。
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先日もお知らせしましたが、沖縄キャラバン期間中は、戦場体験史料館が休館し、保存の会事務局も連絡が取りづらくなります。

今週末2月2日(土)より沖縄キャラバンがスタートしますので、その前の最後の開館日は明日1月31日(木)ということになります。1週間休館です。
出発直前時期のためバタバタしていることもあると思いますが、保存の会への急ぎのご用は明日までにお願いいたします。
その次の開館日は2月9日(土)です。
沖縄キャラバン2013、出発前最終版の日程は直前に出しますが、前回の時点以後に入ってきた情報をお知らせします。

2月2日(土)
初日、西原町での収録は午前中2名の方。午後は町内の戦場跡を案内していただくことになりました。
沖縄戦の激戦地だった幸地地区です。壕もあるようです。ボランティア団体による遺骨収集が行われている場所です。ここから見つかった遺骨のDNA鑑定が行われているところですが、年末に遺骨が糸満市摩文仁の平和祈念公園に移動させられていたということで、地元新聞で大きく取り上げられています。

2月7日(木)
午後から、元沖縄県知事大田昌秀さんを取材。
昨年6月のキャラバンで大田平和総合研究所の展示館を訪れた際にご挨拶させていただいていましたが、今回正式に戦場体験の聞き取りを申し込み、ご了解をいただきました。沖縄県立師範学校鉄血勤皇隊での体験を中心に、平和の礎、研究所のこと等伺う予定です。

その他、昨年お世話になった方の表敬訪問等検討中です。
今週末から沖縄キャラバンが始まります。
それに伴い、期間中の2月2日(土)~7日(木)は、戦場体験史料館は休館となります。事務局の主要メンバーが沖縄に行くためです。
金曜日は休刊日ですので、沖縄キャラバン後は、2月9日(土)から再開ということになります。

戦場体験放映保存の会事務局も、この間、電話・FAX・郵便物に対応ができません。
メールに関しては、旅先で見ると思いますが、あまり込み入ったお問い合わせには対応できない可能性があります。

ご不便をおかけする点もあるかと思いますが、ご理解よろしくお願いいたします。
一昨日の「戦場の距離感」に関することです。
距離について突然考えたのは、最初は地下洞窟の長さについて気になったことからでした。

琉球新報に掲載されている沖縄戦体験のシリーズで、ある集落から「玉泉洞を通り」その先の集落に出るという記述がありました。
玉泉洞といえば、沖縄初の有料観光地で、かなり有名な鍾乳洞なので、地元の方や沖縄を普通に観光する方々なら、その長さはご存じなのかもしれません。私はその記事を読んだ時には知りませんでした。それで、集落と集落の間を結ぶ通路のようになっている鍾乳洞というのがどれほどの距離なのかが気になりました。
観光案内で見ると、約5km。(公開されているのはそのうち890m。残りのエリアは研究用として保存されており、夏季限定でその部分に入れるツアーがあるそうです。)
5kmというのを、東京の地名で説明できないのが地方出身の悲しさですが、自分のわかるもので即座にあてはめたのが、私が小学校に通学していた距離と同じくらい?というものでした。ど田舎なので、家から小学校までの距離はそのくらいあり、その間、字であれば4つの集落、大字でも1回変わります。
沖縄の字の感覚がよくわかりませんが、集落と集落を結ぶだけの距離があるというのが、そこで実感としてわかりました。
証言されている方が通られた範囲というのはどの範囲だろう?というのも、玉泉洞について知っていれば質問できるポイントかもしれません。

この鍾乳洞ですが、地図上に書かれるときは、点になってしまいます。
日本地図の中で県庁所在地が「◎」1つで表現されているのと同様というのでしょうか。
それで、硫黄島の要塞のような形で表現されているとわかりやすいだろうなあと考えたところから、距離感の話になったわけです。

間に合っていないので、ほとんど最初の北海道・東北のキャラバンのときしかやっていませんが、キャラバンで回った市町村に色をつけた地図を掲載したことがあります。
これは、市町村の形がそのまま表現されますが、その点にけっこうこだわっていました。地図上のこの辺、というだけでなく、同じ市町村でもこのくらいの範囲があるということがわかるので、手作業で白地図を塗るということをやっていたのです。そうすると、行ったことのない地域を旅する時の感覚がけっこう出るように思います。体験者の方の住所がピンポイントでわかる事態を避ける効果もありましたが。

まったく手が回らないので、当ブログでは文章ばかりになっていますが、本当は地図を駆使した方がよいと思っています。
証言映像では、戦地の地図上を指でなぞっていただいている場合もありますので、そういうシーンを紹介できればよさそうですが、それはさらにとてつもなく手間がかかるなあ、等とも考えました。